3
***
結局、僕はその牛タンの店でひとり食事をしている。
アホすぎる、間抜けすぎる、こんなに馬鹿馬鹿しいことってない。高室さんを信じてないわけじゃない。ただ僕は、不安なんだ。もし見つかったら偶然ということにしておこう。ひとり飲みするのが好きなんだってサラッと言う。本当は好きじゃないが。百円ショップで急きょ買ったキャップを深く被り、店の隅で牛タンビーフシチューを味わう。確かにこれは美味だ。
午後七時五分頃、総務の人間たちがぞろぞろと現れた。女性の割合が多い総務部はいつもキャピキャピしていて、どこにいても賑やかだ。僕の背後の長テーブルを囲んでいく。背の高い衝立で仕切られているので、注意して見ない限り僕の存在には気付かないだろう。女性陣が先に着席して、最後に数人の男性陣が現れた。その中には高室さんもいる。課長と部長のいない気楽な飲み会では高室さんは上席者だが、上座を拒否して率先して下座に掛けた。振り向けば僕からは高室さんの顔がよく見えるが、高室さんは総務の真鍋主任との話に夢中のようだ。騒がしい女子トークに紛れて聞こえてくる高室さんの声がやけに心地いい。晴れやかな表情の割には仕事の話をしているようで、根っから真面目な人なんだなと改めて感じた。
やっぱり、こんな不誠実な行動はやめよう。僕を好きだと言ってくれている高室さんに失礼だ。僕が愛想を尽かされないよう努力すればいいだけなのだ。会計を済ませるためにテーブルの隅の呼び鈴を押そうとした時、
「高室係長―! わたしたちの近くにも来てくださいよー」
誰かは分からないが、女性陣のうちのひとりが声を上げた。僕はそれを聞いて呼び鈴を押す直前で指を止める。
「まあ、待て。今、真鍋と話してるんだから」
「真鍋さんなんていつでも話せるじゃないですかー」
真鍋さんは「なんだとォ」と憤りながらも笑っている。高室さんは「分かった、分かった」とグラスを持って席を立った。
――あ、やっぱり行くんだ。そうだよな、女子に囲まれて嫌な男なんていないよな。
衝立に邪魔されて高室さんの姿は見えなくなってしまったが、僕のすぐ後ろで楽しそうにしている声はすぐ傍で聞こえる。
「このあいだのビアガーデンでの高室さんの写真、ほとんどの女の子が保存してますよ」
「え、本当?」
「飲み会に来てなかった女の子までちょうだいって言ってきたんですよ」
「あんまりみんなが持ってると怖いな」
「それだけ人気ってことなんですよ」
「それは嬉しいけどね」
「彼女はいらっしゃるんですか?」
その質問に僕のほうがドキリとする。そして高室さんは即答した。
「いないよ」
フリーズした。
……いない。確かに、僕は「彼女」ではない。間違ってはないのだ。
間違ってはないけど……。
「えぇー! ちょっと! 高室さん彼女いないってー!」
「いや、彼女はいないけど……」
いっそう騒がしくなる女性陣を、ようやく西野さんが「まあまあ、落ち着いてよぉ」と、さもどうでもよさげに窘めに入ったが、あっさり無視されている。そして、
「あっ、」
ガチャン、とグラスの倒れる音がして、すぐさま「ごめんなさい!」と続いた。どうやら誰かが倒したグラスの酒が、高室さんにかかってしまったようだ。
「どうしよう、綺麗なスーツなのに……」
「構わないよ。そろそろクリーニングに出す頃だったから」
「だけど……わたしタオル持ってるので、お手洗いに行きましょう」
「いや、いいのに」
「そのままにもしておけませんから」
そして高室さんは二人で手洗いへ向かったのだが、衝立の隙間から見えたその女性は、おそらく大石さん。可愛らしい西野さんとはタイプが違う、仕事ができるクールビューティーだ。見た目は西野さんと人気をにぶんするほどだけど、頭が切れる故に隙のない彼女を敬遠する男性は少なくない。僕も手厳しい女性は苦手だ。だけど以前、高室さんが大石さんを「彼女、いいよね」と言っていたのを聞いたことがある。彼は頭のいい女性が好みなのだ。
――手洗いで二人きり……。汚れを落とすためとはいえ、高室さんの体に大石さんが触るのか……。
まさか高室さん、僕の時のように酔った勢いで、チャックを上げろだの下げろだの言わないだろうな。あの時はちょっと変態気質を感じたが……。
――……中々戻って来ない。遅い……。
やきもきしている自分に次第に嫌気が差してきた。勝手に不安になって、あとをつけるような真似をして、疑って、嫉妬して、本当に最悪だ。僕だってこんな彼女がいたら引く。
――来るんじゃなかった。帰ろう……。
立ち上がろうとした時、
「悪いね、これから用があるんで、先に失礼するよ」
「えー、また先に帰っちゃうんですか? 高室さんいないとつまんないー」
「俺がいなくても充分楽しそうだよ、君たち。それじゃ、お疲れ」
その直後、腕を引っ張られた。被っていたキャップを取られる。歯を見せてニッ、と笑う高室さんが、目の前にいる。
「帰ろう」
「えっ!?」
「佐伯くん!? やだ、いつからいたのー!?」
「えーっ、隠れてないで一緒に飲めば良かったのにぃ!」
そんな彼女たちに、僕はペコペコと頭を下げながら、高室さんに連れられて店を出た。
気付けば手を繋いでいる。ひと気が少なくなったところで高室さんは僕に向き直った。
「そんなに俺は信用ないか。胡散臭い帽子が余計に目立ってたぞ」
そう言う高室さんは、少し怒っているようにも見える。今になって心の底から後悔した。反省と自己嫌悪に、僕はポロポロ涙を零した。
「ごめんなさい……。信用してないわけじゃ、なかったんです……。ただ不安で」
「不安って?」
「だって、高室さんはすごくモテるし、本来なら男の僕を好きになるなんて考えれないくらい、引く手あまたのはずなんだ。物珍しいから僕を好きになってくれただけで、高室さんはすぐに正常な感覚を取り戻す。それを考えると……」
「つまり見張っとかないと俺がよその女に靡くんじゃないかって疑ってたんだろう?」
「ごめんなさい」
高室さんは大きな溜息をつき、繋いでいる僕の手を離した。これで本当に愛想を尽かされたかもしれない。そう思った時、抱き締められた。
「俺はお前が好きだよ。物珍しいからじゃない」
「だって……高室さんと会社以外では中々会えないし、ラインも他人行儀だし、大石さんのこと褒めてたしぃ~~~」
泣きながらそんな子どもみたいなことを訴えた。高室さんは「支離滅裂だぞ」と冷静に宥めてくれる。
「まず大石さんは、確かに仕事はできるし美人だが、特別な感情を抱いたことはない。さっきも酎ハイぶち撒かれてトイレに連れて行かれてさ、むやみにくっつかれて正直言って幻滅したくらいだ。俺は露骨にされるのは好きじゃない」
「……僕もあとつけたり、泣き喚いたりしてうざいですよね」
「好きな奴にされるのはいいんだ」
「……」
「だからお前は何しても可愛いよ」
これはモテる。頬を撫でられながら言われて鳥肌が立ってしまった。
「ラインはな、単純に苦手なんだ。昔から携帯でのメールもあんまりしたことない。メールと言えば仕事のやり取りする時しか使わないから、どんな文章打てばいいのか分からないんだ。できれば電話のほうがいい」
「……分かりました。これから電話にします」
「俺もラインの練習する」と高室さんは頷いた。
「あと、会社以外では会わないってのは……俺がいつも勝手に休日出勤してるから中々休みがなかったんだ」
「休日も会社に出てたんですか!?」
「遅れてる仕事を早くやっつけたくてね。平日だと専務や常務に邪魔されて進まないから」
「言ってくれれば良かったのに……。すみません、気が付かなくて」
「いやぁ、俺が勝手にやってるだけだよ。でも明日と明後日出れば楽になるから、来週どこかに誘おうと思ってたんだ。ほったらかしにして悪かった」
「いいんです。ごめんなさい、全部僕の我儘です」
「佐伯の我儘は嬉しいよ」
「でもなんで彼女いないって言ったんです?」
「だって『彼女』じゃないだろう。なんていうんだ? 彼氏? ステディ?」
「……普通に『恋人』とかでいいと思います」
「彼女はいないけど、付き合ってる人はいるって言うつもりだったよ」
「それ、逆に怪しまれますよ……」
高室さんは「そうか」と鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で言った。仕事はできるのにこういうところでは意外と抜けている。
「高室さん、僕、思ってたよりずっと高室さんのこと好きです」
「思ってたよりっていうのは、心外だな」
肩に手を添えられ、顔が近付いてくる。僕は自然に瞼を閉じた。高室さんの息がすぐそこまで来たところで、
「きゃっ」
驚いて振り向くと、両手で顔を隠して指と指のあいだから僕たちを見ている西野さんがいた。
「どうぞ、お気になさらず、続けて下さい~」
「できるかッ」
雰囲気を壊されて気抜けしたのか、高室さんは「なんの用だ?」と耳をほじりながら訊ねた。
「佐伯くんのビーフシチュー代、わたしが立て替えときました~」
「そのまま立替金として振替は不要だ」
「邪魔されたからって、ひどいです~」
「西野さん、すみません。今すぐ払いますので。ありがとうございました」
結局、西野さんはこれといって何もしていないが、悪い人ではないようだ。
「それじゃ、お邪魔虫は帰りまーす。お疲れ様でした~」
「お疲れ様です」
西野さんの後姿が見えなくなると、待ってましたと言わんばかりにキスをされた。あんなに不安だったのにキスひとつであっという間に安心に変わる。
「来週の日曜日、デートしよう」
真っ向から誘われて僕は耳まで赤くした。勿論、返事は「イエス」だ。
「また連絡しますね。今度は電話で」
「佐伯のやりやすいほうでいいよ」
「僕も高室さんの声が聞きたいんです」
翌日、西野さんが添付ファイルを付けて社内メールを送って来た。仕事のデータだろうと思って無防備に開いてしまった。画面いっぱいに表示された画像に驚愕して慌ててパソコンを閉じる。西野さんが送ってきた添付ファイル――。いつの間に撮ったのか、僕と高室さんが夜の街で高校生のようなキスをしている写真だった。
『夏だからって外でエッチはしちゃだめよ☆ 総務部・西野』
END


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結局、僕はその牛タンの店でひとり食事をしている。
アホすぎる、間抜けすぎる、こんなに馬鹿馬鹿しいことってない。高室さんを信じてないわけじゃない。ただ僕は、不安なんだ。もし見つかったら偶然ということにしておこう。ひとり飲みするのが好きなんだってサラッと言う。本当は好きじゃないが。百円ショップで急きょ買ったキャップを深く被り、店の隅で牛タンビーフシチューを味わう。確かにこれは美味だ。
午後七時五分頃、総務の人間たちがぞろぞろと現れた。女性の割合が多い総務部はいつもキャピキャピしていて、どこにいても賑やかだ。僕の背後の長テーブルを囲んでいく。背の高い衝立で仕切られているので、注意して見ない限り僕の存在には気付かないだろう。女性陣が先に着席して、最後に数人の男性陣が現れた。その中には高室さんもいる。課長と部長のいない気楽な飲み会では高室さんは上席者だが、上座を拒否して率先して下座に掛けた。振り向けば僕からは高室さんの顔がよく見えるが、高室さんは総務の真鍋主任との話に夢中のようだ。騒がしい女子トークに紛れて聞こえてくる高室さんの声がやけに心地いい。晴れやかな表情の割には仕事の話をしているようで、根っから真面目な人なんだなと改めて感じた。
やっぱり、こんな不誠実な行動はやめよう。僕を好きだと言ってくれている高室さんに失礼だ。僕が愛想を尽かされないよう努力すればいいだけなのだ。会計を済ませるためにテーブルの隅の呼び鈴を押そうとした時、
「高室係長―! わたしたちの近くにも来てくださいよー」
誰かは分からないが、女性陣のうちのひとりが声を上げた。僕はそれを聞いて呼び鈴を押す直前で指を止める。
「まあ、待て。今、真鍋と話してるんだから」
「真鍋さんなんていつでも話せるじゃないですかー」
真鍋さんは「なんだとォ」と憤りながらも笑っている。高室さんは「分かった、分かった」とグラスを持って席を立った。
――あ、やっぱり行くんだ。そうだよな、女子に囲まれて嫌な男なんていないよな。
衝立に邪魔されて高室さんの姿は見えなくなってしまったが、僕のすぐ後ろで楽しそうにしている声はすぐ傍で聞こえる。
「このあいだのビアガーデンでの高室さんの写真、ほとんどの女の子が保存してますよ」
「え、本当?」
「飲み会に来てなかった女の子までちょうだいって言ってきたんですよ」
「あんまりみんなが持ってると怖いな」
「それだけ人気ってことなんですよ」
「それは嬉しいけどね」
「彼女はいらっしゃるんですか?」
その質問に僕のほうがドキリとする。そして高室さんは即答した。
「いないよ」
フリーズした。
……いない。確かに、僕は「彼女」ではない。間違ってはないのだ。
間違ってはないけど……。
「えぇー! ちょっと! 高室さん彼女いないってー!」
「いや、彼女はいないけど……」
いっそう騒がしくなる女性陣を、ようやく西野さんが「まあまあ、落ち着いてよぉ」と、さもどうでもよさげに窘めに入ったが、あっさり無視されている。そして、
「あっ、」
ガチャン、とグラスの倒れる音がして、すぐさま「ごめんなさい!」と続いた。どうやら誰かが倒したグラスの酒が、高室さんにかかってしまったようだ。
「どうしよう、綺麗なスーツなのに……」
「構わないよ。そろそろクリーニングに出す頃だったから」
「だけど……わたしタオル持ってるので、お手洗いに行きましょう」
「いや、いいのに」
「そのままにもしておけませんから」
そして高室さんは二人で手洗いへ向かったのだが、衝立の隙間から見えたその女性は、おそらく大石さん。可愛らしい西野さんとはタイプが違う、仕事ができるクールビューティーだ。見た目は西野さんと人気をにぶんするほどだけど、頭が切れる故に隙のない彼女を敬遠する男性は少なくない。僕も手厳しい女性は苦手だ。だけど以前、高室さんが大石さんを「彼女、いいよね」と言っていたのを聞いたことがある。彼は頭のいい女性が好みなのだ。
――手洗いで二人きり……。汚れを落とすためとはいえ、高室さんの体に大石さんが触るのか……。
まさか高室さん、僕の時のように酔った勢いで、チャックを上げろだの下げろだの言わないだろうな。あの時はちょっと変態気質を感じたが……。
――……中々戻って来ない。遅い……。
やきもきしている自分に次第に嫌気が差してきた。勝手に不安になって、あとをつけるような真似をして、疑って、嫉妬して、本当に最悪だ。僕だってこんな彼女がいたら引く。
――来るんじゃなかった。帰ろう……。
立ち上がろうとした時、
「悪いね、これから用があるんで、先に失礼するよ」
「えー、また先に帰っちゃうんですか? 高室さんいないとつまんないー」
「俺がいなくても充分楽しそうだよ、君たち。それじゃ、お疲れ」
その直後、腕を引っ張られた。被っていたキャップを取られる。歯を見せてニッ、と笑う高室さんが、目の前にいる。
「帰ろう」
「えっ!?」
「佐伯くん!? やだ、いつからいたのー!?」
「えーっ、隠れてないで一緒に飲めば良かったのにぃ!」
そんな彼女たちに、僕はペコペコと頭を下げながら、高室さんに連れられて店を出た。
気付けば手を繋いでいる。ひと気が少なくなったところで高室さんは僕に向き直った。
「そんなに俺は信用ないか。胡散臭い帽子が余計に目立ってたぞ」
そう言う高室さんは、少し怒っているようにも見える。今になって心の底から後悔した。反省と自己嫌悪に、僕はポロポロ涙を零した。
「ごめんなさい……。信用してないわけじゃ、なかったんです……。ただ不安で」
「不安って?」
「だって、高室さんはすごくモテるし、本来なら男の僕を好きになるなんて考えれないくらい、引く手あまたのはずなんだ。物珍しいから僕を好きになってくれただけで、高室さんはすぐに正常な感覚を取り戻す。それを考えると……」
「つまり見張っとかないと俺がよその女に靡くんじゃないかって疑ってたんだろう?」
「ごめんなさい」
高室さんは大きな溜息をつき、繋いでいる僕の手を離した。これで本当に愛想を尽かされたかもしれない。そう思った時、抱き締められた。
「俺はお前が好きだよ。物珍しいからじゃない」
「だって……高室さんと会社以外では中々会えないし、ラインも他人行儀だし、大石さんのこと褒めてたしぃ~~~」
泣きながらそんな子どもみたいなことを訴えた。高室さんは「支離滅裂だぞ」と冷静に宥めてくれる。
「まず大石さんは、確かに仕事はできるし美人だが、特別な感情を抱いたことはない。さっきも酎ハイぶち撒かれてトイレに連れて行かれてさ、むやみにくっつかれて正直言って幻滅したくらいだ。俺は露骨にされるのは好きじゃない」
「……僕もあとつけたり、泣き喚いたりしてうざいですよね」
「好きな奴にされるのはいいんだ」
「……」
「だからお前は何しても可愛いよ」
これはモテる。頬を撫でられながら言われて鳥肌が立ってしまった。
「ラインはな、単純に苦手なんだ。昔から携帯でのメールもあんまりしたことない。メールと言えば仕事のやり取りする時しか使わないから、どんな文章打てばいいのか分からないんだ。できれば電話のほうがいい」
「……分かりました。これから電話にします」
「俺もラインの練習する」と高室さんは頷いた。
「あと、会社以外では会わないってのは……俺がいつも勝手に休日出勤してるから中々休みがなかったんだ」
「休日も会社に出てたんですか!?」
「遅れてる仕事を早くやっつけたくてね。平日だと専務や常務に邪魔されて進まないから」
「言ってくれれば良かったのに……。すみません、気が付かなくて」
「いやぁ、俺が勝手にやってるだけだよ。でも明日と明後日出れば楽になるから、来週どこかに誘おうと思ってたんだ。ほったらかしにして悪かった」
「いいんです。ごめんなさい、全部僕の我儘です」
「佐伯の我儘は嬉しいよ」
「でもなんで彼女いないって言ったんです?」
「だって『彼女』じゃないだろう。なんていうんだ? 彼氏? ステディ?」
「……普通に『恋人』とかでいいと思います」
「彼女はいないけど、付き合ってる人はいるって言うつもりだったよ」
「それ、逆に怪しまれますよ……」
高室さんは「そうか」と鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で言った。仕事はできるのにこういうところでは意外と抜けている。
「高室さん、僕、思ってたよりずっと高室さんのこと好きです」
「思ってたよりっていうのは、心外だな」
肩に手を添えられ、顔が近付いてくる。僕は自然に瞼を閉じた。高室さんの息がすぐそこまで来たところで、
「きゃっ」
驚いて振り向くと、両手で顔を隠して指と指のあいだから僕たちを見ている西野さんがいた。
「どうぞ、お気になさらず、続けて下さい~」
「できるかッ」
雰囲気を壊されて気抜けしたのか、高室さんは「なんの用だ?」と耳をほじりながら訊ねた。
「佐伯くんのビーフシチュー代、わたしが立て替えときました~」
「そのまま立替金として振替は不要だ」
「邪魔されたからって、ひどいです~」
「西野さん、すみません。今すぐ払いますので。ありがとうございました」
結局、西野さんはこれといって何もしていないが、悪い人ではないようだ。
「それじゃ、お邪魔虫は帰りまーす。お疲れ様でした~」
「お疲れ様です」
西野さんの後姿が見えなくなると、待ってましたと言わんばかりにキスをされた。あんなに不安だったのにキスひとつであっという間に安心に変わる。
「来週の日曜日、デートしよう」
真っ向から誘われて僕は耳まで赤くした。勿論、返事は「イエス」だ。
「また連絡しますね。今度は電話で」
「佐伯のやりやすいほうでいいよ」
「僕も高室さんの声が聞きたいんです」
翌日、西野さんが添付ファイルを付けて社内メールを送って来た。仕事のデータだろうと思って無防備に開いてしまった。画面いっぱいに表示された画像に驚愕して慌ててパソコンを閉じる。西野さんが送ってきた添付ファイル――。いつの間に撮ったのか、僕と高室さんが夜の街で高校生のようなキスをしている写真だった。
『夏だからって外でエッチはしちゃだめよ☆ 総務部・西野』
END


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