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 木曜日の夜、家でDVDを見ながらふと思いついた。明日は金曜日だ。高室さんを誘ってどこか飲みに行こうか、と。

『お疲れ様です。もう家にいますか?』

 さっそく送ったメッセージに、二分後に返信があった。

『お疲れ。今しがた着いたところだ』

 えらくカタいのは気のせいだろうか。

『明日の夜、良かったら飲みに行きませんか』

 すぐに既読にはなったが、返信は暫くなかった。迷惑だったのだろうか……。そして、

『明日の夜は、総務の飲み会に呼ばれている。行くと返事をしてしまった。済まない』

 正直言って、がっかりはしたが仕方がない。「それなら、また今度」と短く返信したら、そこでやり取りは終わってしまった。

 ――土曜日は? とか、日曜日は? とかも、ないんだ。

 ……高室さんはそのうち僕に飽きる。もしかしたら、既に飽き始めているのかもしれない。
 その晩、僕は無性に寂しくなって自ら慰めた。勿論、高室さんを想いながら。スーツの下の程よい筋肉、僕は筋と血管が浮いたその逞しい腕に抱かれながら、骨ばった長い指で全身を愛撫される……そんな妄想。

 ――佐伯、好きだよ。――

「た、かむろ……さん、僕も……あっ、あぁ……」

 ――こんなの、絶対誰にも言えない。

 ―――

「さ・え・き・クーン」

 出社するなり、廊下で甲高い声で僕に話し掛けてきたのは西野さんだ。西野さんは社内女性人気ナンバーワン。確かに綺麗でスタイルも良くて、色気がある。だけど僕はちょっと苦手だ。なぜなら高室さんとイチャイチャしていたところを目撃してしまったからだ。それはただの誤解だったようだが、やはりあんな姿を見て印象がガラリと良くなるわけではなかった。

「な、なんですか?」

「係長と上手くいってるぅ?」

「ちょっと! 声が大きいです!」

「え~佐伯くんはバレてもいいんでしょ~?」

「僕が良くても、高室さんが困りますっ」

「そっかな~」

 そういえば西野さんは総務部だ。

「今日、総務って飲み会なんですよね……?」

「そうよ~。佐伯くんも来る~?」

「いえ、僕は……。でも高室さんは、行くんですよね?」

「そういえば、名前があった気がするー。なぁんだ、金曜日の夜はラブラブするのかと思ったら、別々に過ごすんだ~」

 西野さんの悪気も遠慮もない言葉は、僕の心にぐさりと刺さった。

「あらン? なんかションボリしてる?」

「いえ、いいんです……」

「わたしで良かったら、相談に乗るよ~?」

 そんなありきたりな慰めに、僕はいとも簡単にすがってしまった。そのくらい僕は不安だったのだ。

「……僕、自信がないんです。僕は西野さんみたいに可愛くないし、頼りないし、男だし」

「ん~、可愛さはわたしのほうが上かもしれないけどぉ」

「…………」

「佐伯くんは、綺麗だよー。新入社員なんてみーんな頼りないんだからさぁ、佐伯くんだけじゃないよー」

「……はい」

「男だしっていうのは、係長と関係あるの~? 男同士だからってこと?」

「だから、声が大きいです!」

「でもお互い好きならいいんじゃないかなぁ」

「高室さんは、きっとそのうちに女の人を選ぶと思います。……仕方ないって思うんですけど、少しでも長く続けていけたらって……」

「佐伯くんはいつか別れると思ってるのー?」

 はっきりと言われて返事ができなかった。その可能性はなくはない。むしろ高い。想像しただけで少し泣きそうになった。

「やーだ、泣かないで~」

「泣いてません」

「つまり、係長がいつか離れていっちゃうのが嫌で、不安なのねー?」

「……はい」

「分かったー。わたしに任せて」

「え?」

「今日の飲み会で、係長の気持ち確かめてあげる」

「どうやって」

「色仕掛けに反応しなかったら佐伯くん一筋、反応したら……」

「やめて下さい」

「冗談よー。でも総務は可愛い女の子がいっぱいいるから、ちょっと心配かもねー。なんなら、こっそり覗きにくる? 今日はねー、新馬場のお店で牛タンが美味しいとこなのー」

 そんなことをしたら、まるでストーカーじゃないか。深刻に悩んでいる僕に、西野さんは興味津々にデリカシーのない質問を投げ掛けた。

「男同士でする時って、お尻使うんでしょ~?」

 僕はそれには答えなかった。


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