23【R】
そろそろ港に戻ろうと、迷路のような坂道を上がったり下りたりしながら元来た道を歩いた。次第に太陽が雲に隠れ、日差しがなくなっていく。見上げると雨雲が近付いていた。さっきまで天気が良かったので傘を持ってくることなど微塵も頭になかった。僕は急ぎ足で坂を下っていったが、港までは間に合わず、やがて雨雲に追いつかれてシャワーのような雨に見舞われた。水色のポロシャツはあっという間に色が変わり、髪の毛もすぐにびしょ濡れになった。港まではまだ距離があるので、雨宿りをしようとすぐ傍にあった商店のオーニングの下に入った。腕や肩の雫をパッパッ、と払い、濡れた前髪を掻き上げる。ポケットの中のスマートフォンが震えたので確認すると、川原くんから「港に着きました」とメッセージがあった。入れ違いになってしまったようだ。
『申し訳ない、時間があったから少し周辺をうろついていたら、雨が降って来て雨宿りをしている。今からそっちに向かうから』
送信と同時に走り出したが、その数分後に『俺がそっちに行きます。どこにいますか』と返ってきた。メッセージは確認したが、雨も降っていたし僕が港に戻ったほうが早いので返信をせずにただ走った。地形が複雑すぎて道を一本間違えた。石垣に挟まれた足場の悪い路地に入り、慌てて引き返したが、果たして戻ったその道も正しいのかどうか曖昧で、足を止めてしまった。辺りを見渡すが、人どころか猫もいない。しかも雨はどんどん強くなるし、無事に川原くんに会えるのだろうかと、ふと不安に駆られた。
とにかく海のほうへ向かった。もう髪も顔も服も全身がびしょびしょだ。随分走った気がするが、あまり疲れていないのは日頃のトレーニングの成果だろう。体力だけはまだあるのが救いだった。ようやく道が広くなり、三差路に出た時、向かいから走ってきた男と鉢合わせた。お互いに立ち止まって、ずぶ濡れの姿で茫然と見つめ合う。
以前のような赤毛ではなく、限りなく黒に近い髪色で、けれども肌は相変わらず白い。あどけなさはないが、年齢に見合った色気を伴った青年、いや、壮年だ。すっかり大人になっていても、面影は変わらない。川原くん、と名前を呼ぶ前に、彼は別方向を指差して走り出した。「付いて来い」ということだろう。僕はパシャパシャと水を弾きながら、川原くんのあとを追って走った。すぐ近くに神社があり、川原くんは迷うことなく鳥居をくぐる。境内を走り抜け、拝殿の軒下へ駆け込んでようやく雨を凌いだ。服など意味もないくらい濡れていて、川原くんは水をたっぷり含んだTシャツの裾を絞った。長い時間走ったので息切れがなかなか治まらない。二人して挨拶も碌にないまま、ただ肩で息をして止まない雨を見上げた。しとしととしつこく降っているが、雨が砂利を濡らす音に混じって遠くで鳥がさえずった。じきに止むかもしれない。
呼吸が少し落ち着いた頃、僕から声を掛けた。
「……大人っぽくなったね」
「……だってもう二十九だし……」
「まだ三十路も来てないんだよねぇ。僕なんか五十路になったっていうのに」
年齢のことなんか言っても仕方がないのは分かっているけど、ついつい笑って自虐してしまう。それほど川原くんはやっぱり綺麗だった。華奢ではなくなったが、ごく自然に備わったしなやかな筋肉、僕のように必死に体を鍛えなくても引き締まったフォルムだ。川原くんの曇りのない眼が僕を見上げている。間近で目を合わすのが怖くて恥ずかしくて、僕はわざと雨雲ばかり見ていた。
「入れ違いになってごめんね。着いたらすぐに連絡を入れておけばよかったのに、あんまり早く着いたから散歩でもしようと思ってウロウロしてたら、川原くんを待たせることになってしまった。……会えるんだと思ったら落ち着かなくてね……。でも、あのまま港で待っててくれたら良かったのに」
「……俺も会えると思ったら落ち着かなくて、無理言って仕事早めに切り上げさせてもらったんです。待ってたほうがいいだろうなって分かってたけど、……やっぱりじっとしてられなくて、気が付いたら走ってました……」
やっと川原くんに顔を向け、目が合った。言葉もなく見つめ合う。大きな黒目、張りのある頬、前髪から落ちた雫がフェイスラインを辿る。濡れて張り付いたTシャツに肌が透けていて、凄まじい色気に眩暈がした。川原くんの唇が少し動いた時、僕は意識より先に体が動いて、その唇にキスをした。応えて川原くんも僕の背中に腕を回してしがみつく。今までしたこともないような激しいキスだった。舌を絡め、下唇を吸い、歯をなぞる。互いの口から苦しげな息遣いが漏れ、それでも足りないと押し付け合った。服が濡れているせいで、体が密着すると筋肉の有り様を生々しく感じる。一気に昂ったこの情欲を抑えようがなかった。いくらひと気がないとはいえ、外で、神社という神聖な場所で欲望を剥き出しにするなんて。しかも親子ほど年も離れていて、本来なら相容れない同性同士で、こんな禁秘なことが許されるのだろうか。
ここまできたら許してくれるだろう。十年間、愛に飢えて孤独に過ごして、ひたすら想い出だけで生き延びた。後ろめたさも引け目もあるけど、また手放したら今度こそ僕は寂しくて死んでしまう。もし後ろ指を指されるようなことがあっても、この子だけは僕が必ず守るから、どうか一緒にいたい。
いくらそんな誓いを立てても、願い事の傍らで、まさか神様の前であられもなく肌を重ねていたのでは説得力もないだろうけど。
キスに喘いで、柱に川原くんを押し付けて白い首を貪り、腰や背中を撫でながら性器までも弄った。目で見て、肌で感じて、声を聞いて、こんなに性欲に支配されたのは何年振りなのか。四十後半から反応が遅くなった僕のものも、珍しく脈を打っていた。それに気付いた川原くんがそこに手を伸ばし、ジッパーを下げ、下着から覗いたそれを揉んだ。脳が麻痺する。僕は川原くんの手で大きくなった自身を、彼の雄に擦り合わせた。川原くんが震える手で僕たちをゆっくり扱く。もどかしくてその手の上から手助けをした。川原くんは耳を赤くして、今にも溶けそうな表情ではあはあと息を乱した。手の平に溢れる僕たちの性欲は、とても熱い。
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『申し訳ない、時間があったから少し周辺をうろついていたら、雨が降って来て雨宿りをしている。今からそっちに向かうから』
送信と同時に走り出したが、その数分後に『俺がそっちに行きます。どこにいますか』と返ってきた。メッセージは確認したが、雨も降っていたし僕が港に戻ったほうが早いので返信をせずにただ走った。地形が複雑すぎて道を一本間違えた。石垣に挟まれた足場の悪い路地に入り、慌てて引き返したが、果たして戻ったその道も正しいのかどうか曖昧で、足を止めてしまった。辺りを見渡すが、人どころか猫もいない。しかも雨はどんどん強くなるし、無事に川原くんに会えるのだろうかと、ふと不安に駆られた。
とにかく海のほうへ向かった。もう髪も顔も服も全身がびしょびしょだ。随分走った気がするが、あまり疲れていないのは日頃のトレーニングの成果だろう。体力だけはまだあるのが救いだった。ようやく道が広くなり、三差路に出た時、向かいから走ってきた男と鉢合わせた。お互いに立ち止まって、ずぶ濡れの姿で茫然と見つめ合う。
以前のような赤毛ではなく、限りなく黒に近い髪色で、けれども肌は相変わらず白い。あどけなさはないが、年齢に見合った色気を伴った青年、いや、壮年だ。すっかり大人になっていても、面影は変わらない。川原くん、と名前を呼ぶ前に、彼は別方向を指差して走り出した。「付いて来い」ということだろう。僕はパシャパシャと水を弾きながら、川原くんのあとを追って走った。すぐ近くに神社があり、川原くんは迷うことなく鳥居をくぐる。境内を走り抜け、拝殿の軒下へ駆け込んでようやく雨を凌いだ。服など意味もないくらい濡れていて、川原くんは水をたっぷり含んだTシャツの裾を絞った。長い時間走ったので息切れがなかなか治まらない。二人して挨拶も碌にないまま、ただ肩で息をして止まない雨を見上げた。しとしととしつこく降っているが、雨が砂利を濡らす音に混じって遠くで鳥がさえずった。じきに止むかもしれない。
呼吸が少し落ち着いた頃、僕から声を掛けた。
「……大人っぽくなったね」
「……だってもう二十九だし……」
「まだ三十路も来てないんだよねぇ。僕なんか五十路になったっていうのに」
年齢のことなんか言っても仕方がないのは分かっているけど、ついつい笑って自虐してしまう。それほど川原くんはやっぱり綺麗だった。華奢ではなくなったが、ごく自然に備わったしなやかな筋肉、僕のように必死に体を鍛えなくても引き締まったフォルムだ。川原くんの曇りのない眼が僕を見上げている。間近で目を合わすのが怖くて恥ずかしくて、僕はわざと雨雲ばかり見ていた。
「入れ違いになってごめんね。着いたらすぐに連絡を入れておけばよかったのに、あんまり早く着いたから散歩でもしようと思ってウロウロしてたら、川原くんを待たせることになってしまった。……会えるんだと思ったら落ち着かなくてね……。でも、あのまま港で待っててくれたら良かったのに」
「……俺も会えると思ったら落ち着かなくて、無理言って仕事早めに切り上げさせてもらったんです。待ってたほうがいいだろうなって分かってたけど、……やっぱりじっとしてられなくて、気が付いたら走ってました……」
やっと川原くんに顔を向け、目が合った。言葉もなく見つめ合う。大きな黒目、張りのある頬、前髪から落ちた雫がフェイスラインを辿る。濡れて張り付いたTシャツに肌が透けていて、凄まじい色気に眩暈がした。川原くんの唇が少し動いた時、僕は意識より先に体が動いて、その唇にキスをした。応えて川原くんも僕の背中に腕を回してしがみつく。今までしたこともないような激しいキスだった。舌を絡め、下唇を吸い、歯をなぞる。互いの口から苦しげな息遣いが漏れ、それでも足りないと押し付け合った。服が濡れているせいで、体が密着すると筋肉の有り様を生々しく感じる。一気に昂ったこの情欲を抑えようがなかった。いくらひと気がないとはいえ、外で、神社という神聖な場所で欲望を剥き出しにするなんて。しかも親子ほど年も離れていて、本来なら相容れない同性同士で、こんな禁秘なことが許されるのだろうか。
ここまできたら許してくれるだろう。十年間、愛に飢えて孤独に過ごして、ひたすら想い出だけで生き延びた。後ろめたさも引け目もあるけど、また手放したら今度こそ僕は寂しくて死んでしまう。もし後ろ指を指されるようなことがあっても、この子だけは僕が必ず守るから、どうか一緒にいたい。
いくらそんな誓いを立てても、願い事の傍らで、まさか神様の前であられもなく肌を重ねていたのでは説得力もないだろうけど。
キスに喘いで、柱に川原くんを押し付けて白い首を貪り、腰や背中を撫でながら性器までも弄った。目で見て、肌で感じて、声を聞いて、こんなに性欲に支配されたのは何年振りなのか。四十後半から反応が遅くなった僕のものも、珍しく脈を打っていた。それに気付いた川原くんがそこに手を伸ばし、ジッパーを下げ、下着から覗いたそれを揉んだ。脳が麻痺する。僕は川原くんの手で大きくなった自身を、彼の雄に擦り合わせた。川原くんが震える手で僕たちをゆっくり扱く。もどかしくてその手の上から手助けをした。川原くんは耳を赤くして、今にも溶けそうな表情ではあはあと息を乱した。手の平に溢れる僕たちの性欲は、とても熱い。
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- Posted in: ★ひとりぼっちにさよなら
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