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16【R】

 2019・04・12(MON)00:00 Category 未分類

 僕たちはそれから毎日のように連絡を取り合いました。
 SNSを頻繁に覗いては、彼がアップした作品に必ず「イイネ」を押し、お決まりの「素敵な絵ですね」という言葉は、コメント欄ではなく電話で伝えるようになりました。
 仕事で疲れて帰って、ドアを開けると部屋が真っ暗である寂しさにはなかなか慣れませんでしたが、風呂を済ませて寝る前の三十分間、彼と電話で話すのが何よりの楽しみでした。
 僕は仕事の些細なことを、彼は大学でのことを。話を聞くたびに、所属する環境の違いに、僕たちが同じ世界でいることは不可能なのだなと、新鮮さと切なさを幾度も感じました。
 それでも声を聞いたら安心するし、耳元で「おやすみなさい」と聞けば、ぐっすり眠れる。寝ても覚めても彼のことが愛おしかったのです。


 ***

 ある日曜日、川原くんに呼ばれて彼のアパートを訪ねた。前回お邪魔した時より整頓されていたが、相変わらず絵に囲まれている。「見て欲しいものがあるんです」と、一冊のスケッチブックを渡された。一ページずつめくっていく。最初はただの箱だったり、ボールだったり、簡単な物体が描かれていた。全部鉛筆でのデッサンだ。進んでいくごとに難しい形になる。ペットボトル、果物、植物。……この焼魚の絵はいつかの食事だろうか。あるページで手を止めた。脚を組んで座っている男の横姿。コーヒーを飲んでいる。見たことがあるような、ないような、という奇妙な感覚に見舞われ、そして気付いた。

「……僕?」

「そうです」

 自分の姿なんて鏡でしか見ないから、こうして他人の目に映ったものを不意打ちで残されると変な気分だ。コーヒーを飲んでいる僕は伏し目で少しだけ微笑んでいる。

「これ描いたの、いつだったかな。美味しそうに飲んでるのが印象的で、思わず盗み見しながら描きました」

「全然知らなかったよ。僕のほうがきみのことをよく見てたと思うけど」

「たぶん、俺はもっと見てたと思います」

 スケッチブックを取られると、川原くんは「そこの椅子に座って下さい」と、小さな丸椅子を指した。

「まさか僕をモデルにするつもり?」

「そうです。今度は盗み見じゃなくて、ちゃんとこっちを向いているのを描きたいから」

 それはそれで恥ずかしいが、川原くんが絵を描く姿をちゃんと見てみたかった。僕はジャケットを脱ぎ、丸椅子に畏まって座った。

「もう少し体勢崩してもらえると有難いです」

 くすくす笑いながら言われる。あまりに不自然だったらしい。かと言ってポーズをキメるのもおかしいので、結局無難に足を組んで、膝に頬杖をついた。顔はあえて角度をずらす。目が合うのが気恥ずかしいからだ。

「これでいい?」

「大丈夫です」

 鉛筆の滑る粋な音が静かに流れる。視線を感じるのが落ち着かない。僕は時々、目だけを動かして川原くんを見ようと試みるのだけど、どうしても僅かに顔が動くらしく、「動かないで下さいね」と言われてしまう。この状態で沈黙が続くのは耐えられないので何か話題がないかと考えた。

「――最近、美術館はなんの展示してるの?」

「や、今は……行けてないんです。大学の課題で忙しかったから、土日も大学にいたし……」

「そうなんだ。大変なんだね」

「また再開しますけどね。美術館のバイト、嫌いじゃないし。福島さんはどの展示が一番良かったですか?」

 どれ、と言われても、美術館に行ったのは二回だけだし、しかもどちらもたいして好みでないほうを選んだので答えにくい。本当は現代アートじゃなくてモネを見たかったし、ドガじゃなくてフェルメールを見たかった。まあ、行って損はなかったけれど。

「僕ね……正直、現代アートって分からないんだ」

 川原くんは声を上げて笑い出した。

「だったらどうしてモネにしなかったんですか」

「興味がないものも飛び込んでみたら興味が出るかなと思って。よく分からなかったけど、面白くはあったよ。何を考えて作ったんだろう、この人って思いながら見るのがね」

 川原くんは少し手を止めて、スケッチブックを遠ざけたり近付けたりしながら出来栄えを確認していた。そして静かに言う。

「……俺は現代アートは好きじゃない」

「そうなの?」

「正確に言うと、好きじゃなくなった、です。アートセラピーって分かります? 俺、実はアートセラピストになろうと思って、勉強してたんです」

「どんなことするの?」

「その人の描いた絵を見て、その人が心にどんな悩みを抱えているのか、何を大事にしているのか、どんなトラウマがあるのかを見て、その問題点を一緒に解決していくんです」

「心理療法? 聞いたことある。災害で心に傷を負った人たちをそういった方法でケアしていくっていう」

「そうです。俺もそういうのしたかったんですけど、勉強して試していくうちに人の心の中を、自分が見ていいのかなって気分になってきて。本来なら触れてはいけない部分に触れるわけだから、すごく重大なことをしてるんですよね。完璧じゃないとはいえ、その人の描いた絵を見て、その人が何を考えているのか、どんなトラウマを持っているのかが、分かるようになってしまったんです。現代アートは曖昧さが良さなのに、はっきりと作者のトラウマが伝わってきて、見てると悲しくなるんです」

「そっか、……やってみないと分からないことだよね、そういうのは。僕は川原くんになら見られてもいいけど」

 けれども、はっきり「嫌です」と断られた。

「なんで?」

「俺の知らない福島さんがいると思うと嫉妬するからです」

 不意をついて可愛いことを言うのはやめて欲しい。こちとら青春やときめきといった明るい世界からすっかり遠のいたオッサンなのだから。

「嫉妬するようなことはないと思うよ。ひとつしかたぶん、見えないから」

 スケッチブックの向こうの大きな眼と視線が合った。逸らすタイミングも話を変えるタイミングも失った。僕はほぼ衝動的に動いて川原くんをベッドに押し倒してキスをした。スケッチブックが床に落ち、鉛筆が転がる。息遣いに余裕がなくなる。クサイ台詞を言ってしまった恥ずかしさを揉み消すように夢中になった。
 川原くんがゆっくり僕の眼鏡を外す。

「眼鏡外すと、雰囲気変わりますね」

「幼くなるってよく言われるよ」

「若く見えるってことでしょ?」

「このあいだ四十一になった」

「三十五くらいかと思ってました」

「嫌じゃない?」

 川原くんと出会わなければ、僕は自分の年齢にも見た目にも、そんなに気にすることはなかったと思う。年相応に見えて、平穏に年を取っていけたらそれでいい。そんな人間だ、僕は。だけど目の前の恋人はあまりに若くて美しいので、どうしても悲観せずにいられない。並んで歩いて、ちぐはぐではないのか、彼の目に僕は若く見えるのか、老けて見えるのか、格好いいとまではいかなくても、隣にいて恥ずかしいと思うような身なりではないだろうか。「嫌じゃないか」なんて聞いたところで困らせるだけなのに、聞いてしまう。彼の口から直接「嫌じゃない」と聞いて安心したいのだ。そして川原くんは勿体ないくらいの言葉で僕を駄目な男にする。

「福島さんが好き。鼻についた眼鏡の跡も、ちょっと幼く見えるところも、余裕のないところも好き」

 その上、川原くんからキスをされれば、もう我慢できなくなる。僕は力いっぱい川原くんを抱き締めて唇を奪い続け、一緒にベッドに倒れ込んではシーツに残る川原くんの匂いにまた欲情した。トレーナーの下に入れようとした手を止めた。直に触れたら絶対に途中で止まれないからだ。けれども、川原くんは僕の手に手を重ね、自ら肌へいざなった。細い腰、平らな腹、滑らかな感触に手が張り付いて離れない。
 目の前の川原くんの表情を観察しながら手を滑らせた。背中を撫でると半開きの口から「ふ、」と息が漏れる。腰から脇にかけてのラインはくすぐったいのか、唇をきゅっと噛み締めた。なだらかな胸に辿り着くと、頬と耳を赤くして目を閉じた。芯を探り当て、からかうように指で押した。

「ん……」

 指先で少し硬くなったのを感じ、僕はそれを優しくつまんで、捏ねた。川原くんの眦が滲む。

「ごめんね、悪戯して」

「……もっと……」

 掠れた声で言われては僕も抑えることができなかった。川原くんに被さり、トレーナーを首元まで持ち上げると、綺麗なピンク色の突起を舌で愛撫する。舌触りのいい、小さな飴玉みたいなそれを、僕は何度も舐めては口に含み、吸い上げた。

「あ、あぁ、ん……」

 両胸を時間をかけて味わい、少しずつ服をずらしながら全身を撫でていく。引き締まった若い筋肉と皮膚の弾力を手の平で感じ、呼吸の乱れに大袈裟に上下する腹にも、シーツを握り締める拳にも愛しさが込み上げる。チノパンを下げると下着の中で窮屈そうにしている。ゴムに指を引っ掻けたら、糸を引いた。川原くんの頬がますます赤くなる。

「あ、明るいし……あんまり、見ないで……下さい」

「すごく綺麗な身体なのに。僕は見たいよ」

 するすると服を脱がしていき、あっという間に川原くんのすべてが露わになった。同性の身体にこんなに興奮したことなどあるだろうか。何もせずに眺めているだけでドキドキしてクラクラする。あからさまに反応している僕の下半身を隠しようがなかった。大きくなった川原くんの若くて可愛いそれを握る。袋を揉み、根本から先端に向かってほぐした。かなり敏感な川原くんは、僕の手の中で硬さを増す。

「はぁ、あ……」

「我慢しなくていいから」

 くち、と水音を立てて上下に擦ると、数回動かしただけで体をしならせて達した。けれども不本意な射精だったのか、量は不十分で、川原くんのそれはまだ治まりそうになかった。

「福島さんも、……脱いで」

「僕はほら……きみみたいに綺麗な身体じゃないし、ここまでしておいてなんだけど、準備とかさ、不十分だろ? 川原くんが気持ち良くなってくれたら充分だよ」

「でも、俺は福島さんも気持ち良くなって欲しい」

 やっぱりこの子は僕を駄目にする天才のようだ。僕の意志はいとも簡単に崩された。

「最後まではできないけど、一緒に気持ち良くなろうか」

 僕はスラックスをずらして胡坐をかき、その上に川原くんを座らせた。下着から反り返った自身を取り出す。川原くんはやや恐怖と期待を含んだような目でじっと見つめ、固唾を飲んだ。

「大丈夫?」

「はい、……ドキドキする」

 小さなキスをして川原くんの腰に腕を回し、密着させる。主張し合っているお互いのものを擦り合わせ、まとめて握った。

「な、なんかすごくやらしい気分になります、ね」

「やらしいことしてるんだから、当たり前だろ?」

 一緒にゆっくり、下から上へ促した。温かくて生々しい感触、絡んでどちらのものか分からない淫液。すぐ傍で交じり合う吐息。スピードを上げるごとに、興奮も増していく。遠慮がちだった川原くんも大胆になって、僕にしがみつきながらキスをせがんでくる。僕はそれに応えて唇と舌を貪り、胸を揉みしだき、絶頂まで引き上げた。

「はあっ、は、――んっ、い、いくっ、福、しま……さっ、ああぁ」

「っ……いこう、僕も、……っ」

 ほぼ同時に限界を迎え、僕たちの精は手の中で交じり合った。

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