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家族三人で食事をしている時だった。ピロン、とスマートフォンの通知音に、それまで茶碗ばかり見ていた僕はハッと顔を上げた。だが、通知が来たのはさくらのスマートフォンらしく、さくらは口を動かしながらテーブルの上のスマートフォンを手に取った。
「さくら、食事中にスマホ見るのはやめなさい」
かなえの注意に上辺だけの返事をしながら、まだ触っている。今度はポケットの中の僕のスマートフォンが鳴った。さくらと同じ通知音だ。
「誰の?」
「僕のだよ」
「珍しいわね。滅多に通知音なんて鳴らないのに」
「最近、メッセンジャーで顧客と取引することがあるから」
勿論、嘘である。食事を終えてこっそり通知を確認する。川原くんからの返信だ。
『ありがとうございます。頑張ります(^^)』
たったこれだけなのに、やっぱり微笑ましくなる。顔文字が可愛い、なんて阿呆なことまで考えた。
「ちょっと、さくらッ! いい加減にしなさい! 没収するわよ! 一体誰とラインしてるのよ!」
「ラインじゃないもん。最近の中学生はネットも使いこなせないと話についていけないんだから」
「だからって食事中はやめなさい!」
かなえがどう言おうと通知音はひっきりなしに鳴り続ける。今の子どもたちはネットありきの人間関係になっているのだから、便利な反面、大変だろうなと思う。SNSは知り合いだけでなく、まったく面識のない人ともすぐに「友達」になれて、自己発信ができて、注目を浴びて、簡単にちやほやされる世界だ。大抵の人間ならのめり込むだろう。さくらに「やってはいけない」と言うつもりはないが、自己防衛の大切さは教えておかないと……と、一抹の不安を抱いた直後のことだった。
―――
『あたしもコウくんと同じ高校に行きたい(>_<)』
駄目だと思いながらも、検索して見つけてしまった娘の投稿に頭を抱えた。さくらの記事には友達と撮った写真、漫画や雑誌のこと、そして「コウくん」とやらとの、ただのクラスメイトとの戯れでは済まされないような、見ているこっちが恥ずかしくなるようなやり取りがズラリと並んでいる。
さくらに彼氏がいることもショックだが、志望校を変えた理由が彼氏と離れたくないからという極めて単純で下らない理由だったことにもショックだった。部下の田口が近寄って来たのでスマートフォンをそっとデスクの隅に置いた。
「福島課長、ゴルテックの後藤さんから新規借入れの話が来たんですが」
「ああ、後藤さんね。東京にマンション建てるんだろ」
「ご存知でしたか」
「土地が値下がりして条件がいいのがあれば即買いするから、すぐに用意できるようにしとけって話だろう。山下さんから聞いた話だけど」
「山下さんって、パチンコ屋の? 山下さんと後藤さんて繋がりあるんですか」
「ゴルテックの息子夫婦は、山下さんの紹介で知り合って結婚したんだよ。息子のほうは見合いをする前に彼女がいたんだけど、嫁さんのほうがどうしても後藤さんとじゃなきゃ結婚したくないって駄々こねて、後藤さんと仲の良い山下さんに口利きしてもらったわけさ」
「略奪ですか。紹介する山下さんもすごいですね」
「んー、でも両親が別れさせたがってたから、ちょうど良かったみたいよ。嫁さんは河村交通の娘で、いいトコの子だし、結果的に息子も嫁さんの猛烈アタックに堕ちて、できちゃった婚したんだ」
「よく知ってますね……」
「銀行員ならこのくらいの情報持っておかないと駄目だよ」
「人間、駄々をこねてみるもんなんですねぇ。大人になっても恋愛って盲目になるんですね」
「田口くんは盲目になったことある?」
「ははっ、学生時代の話ですけどね」
じゃ、書類作ってきます、と残して田口は席を立った。
恋愛に盲目か。いい歳をした大人でもなりふり構わず飛び込むのだから、恋を覚えたてのほんの十四の中学生なんか、それこそ「この人じゃないと考えられない」くらい夢中になるだろう。あまり認めたくはないが、さくらも盲目になっているのだと思う。僕は盲目的な恋をしたことがないから、理解しがたいけれど。
……なんて、うっかり口にしたらかなえに殺されるので、今のはナシということで。
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家族三人で食事をしている時だった。ピロン、とスマートフォンの通知音に、それまで茶碗ばかり見ていた僕はハッと顔を上げた。だが、通知が来たのはさくらのスマートフォンらしく、さくらは口を動かしながらテーブルの上のスマートフォンを手に取った。
「さくら、食事中にスマホ見るのはやめなさい」
かなえの注意に上辺だけの返事をしながら、まだ触っている。今度はポケットの中の僕のスマートフォンが鳴った。さくらと同じ通知音だ。
「誰の?」
「僕のだよ」
「珍しいわね。滅多に通知音なんて鳴らないのに」
「最近、メッセンジャーで顧客と取引することがあるから」
勿論、嘘である。食事を終えてこっそり通知を確認する。川原くんからの返信だ。
『ありがとうございます。頑張ります(^^)』
たったこれだけなのに、やっぱり微笑ましくなる。顔文字が可愛い、なんて阿呆なことまで考えた。
「ちょっと、さくらッ! いい加減にしなさい! 没収するわよ! 一体誰とラインしてるのよ!」
「ラインじゃないもん。最近の中学生はネットも使いこなせないと話についていけないんだから」
「だからって食事中はやめなさい!」
かなえがどう言おうと通知音はひっきりなしに鳴り続ける。今の子どもたちはネットありきの人間関係になっているのだから、便利な反面、大変だろうなと思う。SNSは知り合いだけでなく、まったく面識のない人ともすぐに「友達」になれて、自己発信ができて、注目を浴びて、簡単にちやほやされる世界だ。大抵の人間ならのめり込むだろう。さくらに「やってはいけない」と言うつもりはないが、自己防衛の大切さは教えておかないと……と、一抹の不安を抱いた直後のことだった。
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『あたしもコウくんと同じ高校に行きたい(>_<)』
駄目だと思いながらも、検索して見つけてしまった娘の投稿に頭を抱えた。さくらの記事には友達と撮った写真、漫画や雑誌のこと、そして「コウくん」とやらとの、ただのクラスメイトとの戯れでは済まされないような、見ているこっちが恥ずかしくなるようなやり取りがズラリと並んでいる。
さくらに彼氏がいることもショックだが、志望校を変えた理由が彼氏と離れたくないからという極めて単純で下らない理由だったことにもショックだった。部下の田口が近寄って来たのでスマートフォンをそっとデスクの隅に置いた。
「福島課長、ゴルテックの後藤さんから新規借入れの話が来たんですが」
「ああ、後藤さんね。東京にマンション建てるんだろ」
「ご存知でしたか」
「土地が値下がりして条件がいいのがあれば即買いするから、すぐに用意できるようにしとけって話だろう。山下さんから聞いた話だけど」
「山下さんって、パチンコ屋の? 山下さんと後藤さんて繋がりあるんですか」
「ゴルテックの息子夫婦は、山下さんの紹介で知り合って結婚したんだよ。息子のほうは見合いをする前に彼女がいたんだけど、嫁さんのほうがどうしても後藤さんとじゃなきゃ結婚したくないって駄々こねて、後藤さんと仲の良い山下さんに口利きしてもらったわけさ」
「略奪ですか。紹介する山下さんもすごいですね」
「んー、でも両親が別れさせたがってたから、ちょうど良かったみたいよ。嫁さんは河村交通の娘で、いいトコの子だし、結果的に息子も嫁さんの猛烈アタックに堕ちて、できちゃった婚したんだ」
「よく知ってますね……」
「銀行員ならこのくらいの情報持っておかないと駄目だよ」
「人間、駄々をこねてみるもんなんですねぇ。大人になっても恋愛って盲目になるんですね」
「田口くんは盲目になったことある?」
「ははっ、学生時代の話ですけどね」
じゃ、書類作ってきます、と残して田口は席を立った。
恋愛に盲目か。いい歳をした大人でもなりふり構わず飛び込むのだから、恋を覚えたてのほんの十四の中学生なんか、それこそ「この人じゃないと考えられない」くらい夢中になるだろう。あまり認めたくはないが、さくらも盲目になっているのだと思う。僕は盲目的な恋をしたことがないから、理解しがたいけれど。
……なんて、うっかり口にしたらかなえに殺されるので、今のはナシということで。
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- Posted in: ★ひとりぼっちにさよなら
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