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この広いビアガーデンで、本社の人間が総出で集まった大勢の飲み会で、可愛い女子社員も沢山いるというのに、やたらあいつの姿ばかり目で追ってしまうのは今朝から幾度となく視線が合うせい。そして視線が合うと、必ずあいつが頬を赤らめて俯く。
意味深……。いや、あからさま。
あいつ、絶対俺のこと好きだろ。
***
今年の四月に入社した新入社員の佐伯智弘は、ゲイだという話を聞いた。
なんでも佐伯が会社帰りの夜道で堂々と男と抱き合っている姿を見たと、営業本部の女子社員が報告してきたのだ。
俺は普通に女が好きだし、男を恋愛対象として見るなんて考えたこともなかったので、ゲイと聞いて驚きはしたが、嫌悪はなかった。「まあ、男でもあいつなら仮に告白されても悪い気はしないな」なんて思えるほど、佐伯は綺麗な顔をしている。
とはいえ、入社して二ヵ月のまだ試用期間も済んでいないこの時期から佐伯ゲイ説が流れたら、間違いなく好奇や偏見の目を寄せられるだろう。それはさすがに気の毒なので、俺はその女子社員に口外するなと念を押しておいた。同期や年の変わらない先輩となら口約束など無意味だが、一応役職がついていると社員もそれなりに誠意を見せる。女子社員は変に騒ぎ立てることもなく、つい先日寿退社した。現在、佐伯ゲイ説を知るのは俺だけである。
しかし、本当に佐伯はゲイなのだろうか。
佐伯は俺と同じ経理課だ。この二ヵ月、身近で一緒に仕事をしてきたが、佐伯がそれらしい仕草や言動を見せたことはない。以前、部長に「彼女はいないの?」と聞かれて「いないんです。誰かいませんかね」と軽くかわしていたのは見たことがある。何も知らない人間からすれば、佐伯は本当にどこにでもいるノーマルな男だ。
――あ、また。今日は本当によく目が合うな……。
「高室(たかむろ)係長~、飲んでますかぁ?」
飲み会が始まってからまだ三十分しか経っていないのに、早くも出来上がった田中主任が絡んできた。
「寄るな、鬱陶しい」
「ひどぉい、でもそんな冷たい係長も素敵ぃ」
酔っ払いの相手をするのは面倒だ。俺は深く溜息をついた。
「経理はどうですか、うちの会社は景気いいですか」
「去年は赤だったけどな。今年はギリギリ黒が出た。おかげで専務の機嫌も直ったさ」
「経理大変ですねぇ。毎日専務と常務が入り浸ってて、息つく暇もないっしょう」
「それより人手が足りないんだよ。お前人事なんだからなんとかできるだろ。ひとり経理に寄越せ」
「佐伯は? 頑張ってます?」
「佐伯ね……」
ちらりとテーブルの端に座っている佐伯を見る。また目が合った。
「頑張ってるよ。決算期の空気悪い時に入ってきて居心地悪かっただろうけど」
佐伯は頬を赤くして顔を背けた。暫くこちらは目を離さずにいると、視線を感じたのか佐伯は再び俺を見る。だけど今度は俯いたり逸らしたりせず、はにかみながら微笑した。テーブルの端と端で、男同士で何やってんだか。
――でも、悪くない。
「はいっ、写真撮りますよ~! みなさんこっち向いてー!」
と、カメラを構えたのは田中。
「写真なんか撮るのか?」
「社員同士の絆を深めるためです。高室さんも入って。いや、むしろ高室さんはひとりで写ったほうがいいな。はい、チーズ」
「なんで俺単体なんだ」
「高室さんの写真を女子社員に売るんです! 絶対儲かる!」
「うちの会社は副業禁止だ!」
「あっ、佐伯のも撮ろう。あいつも人気あるんですよ」
「こら、田中!」
田中は俺の言葉など耳も貸さずに佐伯のほうへ走った。
馴れ馴れしく佐伯の肩に手を載せる田中。
それをすんなり受け入れて写真を撮らせている佐伯。
撮った写真を肩を寄せ合って確認している後姿。
そして楽しそうに笑い合う佐伯と田中。
「――ちっ、」
――なんで俺は今、舌打ちをした?
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意味深……。いや、あからさま。
あいつ、絶対俺のこと好きだろ。
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今年の四月に入社した新入社員の佐伯智弘は、ゲイだという話を聞いた。
なんでも佐伯が会社帰りの夜道で堂々と男と抱き合っている姿を見たと、営業本部の女子社員が報告してきたのだ。
俺は普通に女が好きだし、男を恋愛対象として見るなんて考えたこともなかったので、ゲイと聞いて驚きはしたが、嫌悪はなかった。「まあ、男でもあいつなら仮に告白されても悪い気はしないな」なんて思えるほど、佐伯は綺麗な顔をしている。
とはいえ、入社して二ヵ月のまだ試用期間も済んでいないこの時期から佐伯ゲイ説が流れたら、間違いなく好奇や偏見の目を寄せられるだろう。それはさすがに気の毒なので、俺はその女子社員に口外するなと念を押しておいた。同期や年の変わらない先輩となら口約束など無意味だが、一応役職がついていると社員もそれなりに誠意を見せる。女子社員は変に騒ぎ立てることもなく、つい先日寿退社した。現在、佐伯ゲイ説を知るのは俺だけである。
しかし、本当に佐伯はゲイなのだろうか。
佐伯は俺と同じ経理課だ。この二ヵ月、身近で一緒に仕事をしてきたが、佐伯がそれらしい仕草や言動を見せたことはない。以前、部長に「彼女はいないの?」と聞かれて「いないんです。誰かいませんかね」と軽くかわしていたのは見たことがある。何も知らない人間からすれば、佐伯は本当にどこにでもいるノーマルな男だ。
――あ、また。今日は本当によく目が合うな……。
「高室(たかむろ)係長~、飲んでますかぁ?」
飲み会が始まってからまだ三十分しか経っていないのに、早くも出来上がった田中主任が絡んできた。
「寄るな、鬱陶しい」
「ひどぉい、でもそんな冷たい係長も素敵ぃ」
酔っ払いの相手をするのは面倒だ。俺は深く溜息をついた。
「経理はどうですか、うちの会社は景気いいですか」
「去年は赤だったけどな。今年はギリギリ黒が出た。おかげで専務の機嫌も直ったさ」
「経理大変ですねぇ。毎日専務と常務が入り浸ってて、息つく暇もないっしょう」
「それより人手が足りないんだよ。お前人事なんだからなんとかできるだろ。ひとり経理に寄越せ」
「佐伯は? 頑張ってます?」
「佐伯ね……」
ちらりとテーブルの端に座っている佐伯を見る。また目が合った。
「頑張ってるよ。決算期の空気悪い時に入ってきて居心地悪かっただろうけど」
佐伯は頬を赤くして顔を背けた。暫くこちらは目を離さずにいると、視線を感じたのか佐伯は再び俺を見る。だけど今度は俯いたり逸らしたりせず、はにかみながら微笑した。テーブルの端と端で、男同士で何やってんだか。
――でも、悪くない。
「はいっ、写真撮りますよ~! みなさんこっち向いてー!」
と、カメラを構えたのは田中。
「写真なんか撮るのか?」
「社員同士の絆を深めるためです。高室さんも入って。いや、むしろ高室さんはひとりで写ったほうがいいな。はい、チーズ」
「なんで俺単体なんだ」
「高室さんの写真を女子社員に売るんです! 絶対儲かる!」
「うちの会社は副業禁止だ!」
「あっ、佐伯のも撮ろう。あいつも人気あるんですよ」
「こら、田中!」
田中は俺の言葉など耳も貸さずに佐伯のほうへ走った。
馴れ馴れしく佐伯の肩に手を載せる田中。
それをすんなり受け入れて写真を撮らせている佐伯。
撮った写真を肩を寄せ合って確認している後姿。
そして楽しそうに笑い合う佐伯と田中。
「――ちっ、」
――なんで俺は今、舌打ちをした?
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