番外編4
―‐―
いつもより早めに仕事が終わった雅久は、浮かれた気分で自宅へ急いだ。今日は週末なので達也が会社帰りに家に寄ることになっている。あらかじめ合鍵は渡してある。達也が先に部屋に着いたら夕飯を拵えておくとのことだった。
共同階段を二段飛ばしで駆け上がり、扉を開けるとリビングに灯りが点いていて、思わず口元が綻んだ。ワイシャツの袖を捲った達也がキッチンに立っている。ネクタイを解いたあとの寛いだ首元が彼らしくなく、それがまた良かった。
「ただいま」
「おかえりなさい。お邪魔してます」
堅苦しい挨拶はいつまで経っても崩れない。キッチンに入り、達也の背後からまな板を覗き込んだ。レモンが輪切りされている。
「何、作ってるんですか?」
「レモンのはちみつ漬け。今日、会社で先輩からレモンをいただいたんです。二つだけだけど。先輩の息子さんがサッカー教室に通ってて、お迎えに行ったらそこでレモンを貰ったらしいんです。でも先輩は鞄の中に入れたまま忘れていたらしくて。帰り際に『鞄の中にあったやつだけど』って」
「綺麗な色ですね」
「僕もそう思いました」
達也は圭介の実家で作られるレモンとよく似ている、と思ったが、口にはしなかった。けれども不自然に口を閉ざしていると、すぐに勘付かれた。
「小野寺さんの考えてること、当てましょうか」
「えっ」
「別に白石さんのこと思い出してもいいんですよ」
「……すみません」
「小野寺さんがひとりで抱えたり考えたり、感じたりしたことを俺も共有したいです」
「不愉快になったら、言って下さい」
「なりませんよ、好きって言ってくれたら」
「……好き、です」
一気に頬を赤くして呟いた。雅久はその背中を抱え込む。包丁を持つ腕が封じられた達也が身じろぎをするので、わざときつく抱き締めた。振り向かせて唇を重ねる。舌で口をこじ開けて絡ませた。
「……ぁ、ふ……、」
苦しげな息すら飲み込む勢いで唇を奪いながら、シャツの上から胸を撫でた。乳首を指で優しく縁取る。時折爪で引っ掻くとすぐに起き上がり、つまんだりくすぐったりを繰り返した。
「あん……、ちょっと、まだ終わってな……」
「ワイシャツの上から触るのって気持ちいいですね。触られるのは? 触られるのも気持ちいい?」
「んっ、手が……まだ洗ってない……っ」
「答えになってないですけど」
「先生、実はちょっと怒ってる……?」
「怒ってないです、全然。でも、ちょっとだけヤキモチ妬いたかも」
雅久は微笑みながらも瞼が少し落ちている。僅かに息遣いが荒く、欲情しているのだと悟ると達也も途端に動悸がした。普段、穏やかな雅久が獣に変わる瞬間が魅力的だといつも思う。
「でも、ここ台所ですから……せめて、シャワーとかしてから……」
「たまにはこういうとこでするのも燃えますよね」
「え!? ――んんっ」
雅久は素早く達也を体ごと向き合わせて、深くキスをした。まな板から包丁がゴトン、と音を立ててシンクに落ちた。まだ手を洗っていない達也は抱き返すことも押し返すこともできずに固まっている。いきなりの展開に戸惑いながらも雅久の舌使いに翻弄されて、次第に力が抜けていった。雅久は、膝が折れて体勢を崩した達也の腰を支え、そしてそのまま抱き上げてカウンターに座らせる。ややせっかちにベルトを外し、既に先走りでシミを作っている下着を引っ張った。透明の糸が引いている。
「小野寺さんも満更じゃないですよね」
「もぅ……恥ずかしい……」
雅久は達也のそれに食らい付き、きつく吸いながら先端を甘噛みした。頭の角度を変えながらくまなく唾液で濡らしていく。
「やぁ……っ、ん、あ、すぐ出ちゃうっ、待って、あぁあ」
そう言いながら両手は雅久の短い髪を鷲掴みにしていて、つくづく言葉とは裏腹に体は受け入れている。咥えられている感覚だけでなく、下腹や腿をくすぐる髪の毛や吐息の感触にも敏感になった。口淫されながら再びシャツ越しに胸を攻められる。直ではない、間接的な刺激が更に快感を呼ぶ。
「は、ぁあん、あ、出したいっ……も、だめ」
そう口にした直後にたまらず雅久の口の中に吐精した。雅久は最後の一滴まで溢さず飲み込んだ。
「だ、だめ、ですよ……飲んじゃ……」
「だって可愛いから」
雅久はひと息つく暇もなく、達したばかりの達也を再び握り、親指で亀頭を押し撫でる。
「いやっ、ぁ、今、触ったらだめっ、」
達也の訴えも無意味のようで、一気に下半身の服をずり下ろされると、膝裏を持ち上げられた。雅久の指が後孔を弄る。
「こんなっ、とこで……あ、あ、」
ふいに目に入った雅久のものは強くウェアを押し上げていてきつそうだった。達也は恐る恐る雅久の肩を押し返すとカウンターから下り、そのまま跪いて雅久のウェアをゆっくり下ろした。
「小野寺さん、」
「僕も……」
目の前に姿を見せた逞しい雄。一度竿に軽くキスをして、ゆっくり静かに口内へ取り込んでいった。雅久の息遣いが荒くなる。頬や髪を撫でられると、もっとしてやりたいと思った。
「はあ……やばい……、気持ちいい……」
それは達也にとって最高の褒め言葉かもしれない。さっき出したばかりなのに、また疼きだした。雅久は床に座り込むと膝の上に達也をいざなった。跨ると互いの下半身が露骨に合わさる。どちらからというわけでもなく、ごく自然な流れで互いのものを擦り合わせ、熱を感じながら深いキスをする。雅久の手が後ろに伸びて達也の柔らかくなりつつある蕾に指を進めた。雅久の唇からの刺激、雅久の体温からの刺激、雅久の指先からの刺激に、達也は完全に陶酔した。首に両腕をしっかり回して密着する。今すぐ溶けそうだった。
「んっ、ん、はぁん……せんせ、……きもちい、」
「うれしい……もう入れたい」
「入れてくださ……い、はやく……」
熱くて硬いものが宛てがわれる。達也はその上にゆっくり沈んだ。腹の中で雅久を直接感じると勝手に涙が溢れてくる。
「痛くない? 気持ちいい?」
「きもちいい……は、ぅ……すごい、いっぱい」
「天然で煽らないでくださいよ」
ひと突きするだけで達也は首を反らせて声を上げる。初めは突き上げる度に逃げようとしていたが、次第に自ら腰を振った。キッチンには似つかわしくない、卑猥に肌がぶつかる音と喘ぎ声。アンバランスなシチュエーションだからこそ興奮する。
達也は無我夢中で雅久に抱き付いた。不意打ちに突起を舐められる。
「あぁッ、先生、せんせぃ、……はあっ、あ、……っ」
いったん雅久が動きを止めて、絶頂が近かった達也は不満を残して雅久を見た。
「今は『先生』じゃないですよね」
「え……? あ、はぃ……」
「先生、じゃなくて」
「え、と……、あっ」
渋っていると腹の中で雅久が蠢く。
「先生じゃなくて……」
「んっ、ぁ、つ、堤……さん……」
「それも違う」
再び雅久が動き出し、激しく突き上げてくる。決して楽ではない体勢なのに、構わず力加減が衰えないのに恐怖すら抱いた。
「んあぁっ、やめ……っ、んぁ、が、が……く……」
体が砕け散りそうなのに、にこ、と微笑まれると許してしまう。男らしさとあどけなさを嫌味なく兼ね備えているのはこの男くらいだと思った。骨が折れそうな力で抱き締められて耳元で「達也」と呼ばれる。
「あ、ぁ、がく……雅久……すき、っ……」
「俺も……っ、好きだ……」
それを聞いただけで達也は体を震わせて、先に絶頂を迎えてしまった。それを見た雅久が後を追うようにして達也の中に放った。熱が広がる。朦朧としながら唇を合わせ、この多幸感が続けばいいと願った。
―――
早朝に一度目が覚め、隣にいる雅久が背を向けてぐっすり寝ていたので再び目を瞑った。すぐに眠りに落ちて二度目に目を開けた時は目の前に雅久の顔があった。いつの間にか腕の中にいる。それでも雅久はすやすやと寝息を立てていた。枕元のスマートフォンを見ると、正午を迎えようとしていた。起こさないようにそっとベッドを抜け出し、着替えと洗面を済ませる。
昨晩、はちみつに漬けておいたレモンでさっそくアイスレモネードを作った。まだ味が薄いように感じるが、やはり圭介のレモンを思い出す。
「俺には淹れてくれないの?」
寝ぼけ眼の雅久が隣に立った。同じようにレモネードを作り、輪切りのレモンを載せる。ちょうど陽が高くなり、窓から差し込んだ太陽光がグラスを照らす。薄黄色に色付いたレモン水。氷が溶けてカラン、と音を立てた。
「起こしてくれたらよかったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから」
腰に怠さを感じて擦ると、雅久が代わって腰を擦った。
「痛い?」
「痛くはないけど、重いです。……中々止めてくれないから」
「だって、好きな人抱いてて止められる人っていないでしょ」
こういう台詞を恥ずかしげもなく言えるところがまだ慣れずに、達也はうろたえるばかりだ。雅久はその反応を見ていつも楽しんでいる。
「……実は、圭介を思い出したんです。今でもやっぱり時々済まなくなる時がある。レモネードを飲むと自然に記憶が蘇ってしまう。恋しくなることはないけど、その度に罪悪感を覚えるんです」
「……白石さんに?」
「先生に。僕は先生が好きだし、ずっと一緒にいたい。だからこそ時々圭介を思い出すと、先生が嫌な思いするんじゃないかって」
「でも、前にも言ってくれたけど、白石さんを想い出してもそれは彼の幸せを願ってるだけで、やましい気持ちはないんでしょ? 俺はそれを信じてるから、大丈夫」
達也はそれを聞いて安堵の笑みをこぼした。
「それに、今はまだレモネードに白石さんの想い出が強くても、これからも飲み続ければ、いつか新しい想い出が上乗せされて、過去は過去として懐かしむ時がくる」
なるほど、と頷いた。やはりわだかまりを素直に口にして良かったと思った。気を遣って飲み込んでばかりいたら、いつまでも進まないままだ。達也は雅久の前向きなところにいつも支えられている。
「それより、『ずっと一緒にいたい』って言ってくれたことのほうが嬉しかったな」
「え? 言いましたっけ」
「今、さっき」
「無意識だったからかな、記憶にない」
「ずっと一緒にいて」
「はい」
「絶対ですよ」
「はい」
「じゃあ、『先生』って言うの、やめようか」
「…………雅久」
雅久は満足そうに微笑んで達也の頬に軽くキスをした。半分氷が溶けてしまったアイスレモネードにようやく口を付ける。
「うん、美味しい」
達也はひそかに心に決めた。
毎週、週末はレモンを買おう。
なければ、レモン水でもいい。
そして一緒に過ごす休日の朝は、一緒にレモネードを飲もう。
そうやって少しずつ二人だけの味を作りたい。
雅久のために。
END
Shiva様からいただきました☆

いつもより早めに仕事が終わった雅久は、浮かれた気分で自宅へ急いだ。今日は週末なので達也が会社帰りに家に寄ることになっている。あらかじめ合鍵は渡してある。達也が先に部屋に着いたら夕飯を拵えておくとのことだった。
共同階段を二段飛ばしで駆け上がり、扉を開けるとリビングに灯りが点いていて、思わず口元が綻んだ。ワイシャツの袖を捲った達也がキッチンに立っている。ネクタイを解いたあとの寛いだ首元が彼らしくなく、それがまた良かった。
「ただいま」
「おかえりなさい。お邪魔してます」
堅苦しい挨拶はいつまで経っても崩れない。キッチンに入り、達也の背後からまな板を覗き込んだ。レモンが輪切りされている。
「何、作ってるんですか?」
「レモンのはちみつ漬け。今日、会社で先輩からレモンをいただいたんです。二つだけだけど。先輩の息子さんがサッカー教室に通ってて、お迎えに行ったらそこでレモンを貰ったらしいんです。でも先輩は鞄の中に入れたまま忘れていたらしくて。帰り際に『鞄の中にあったやつだけど』って」
「綺麗な色ですね」
「僕もそう思いました」
達也は圭介の実家で作られるレモンとよく似ている、と思ったが、口にはしなかった。けれども不自然に口を閉ざしていると、すぐに勘付かれた。
「小野寺さんの考えてること、当てましょうか」
「えっ」
「別に白石さんのこと思い出してもいいんですよ」
「……すみません」
「小野寺さんがひとりで抱えたり考えたり、感じたりしたことを俺も共有したいです」
「不愉快になったら、言って下さい」
「なりませんよ、好きって言ってくれたら」
「……好き、です」
一気に頬を赤くして呟いた。雅久はその背中を抱え込む。包丁を持つ腕が封じられた達也が身じろぎをするので、わざときつく抱き締めた。振り向かせて唇を重ねる。舌で口をこじ開けて絡ませた。
「……ぁ、ふ……、」
苦しげな息すら飲み込む勢いで唇を奪いながら、シャツの上から胸を撫でた。乳首を指で優しく縁取る。時折爪で引っ掻くとすぐに起き上がり、つまんだりくすぐったりを繰り返した。
「あん……、ちょっと、まだ終わってな……」
「ワイシャツの上から触るのって気持ちいいですね。触られるのは? 触られるのも気持ちいい?」
「んっ、手が……まだ洗ってない……っ」
「答えになってないですけど」
「先生、実はちょっと怒ってる……?」
「怒ってないです、全然。でも、ちょっとだけヤキモチ妬いたかも」
雅久は微笑みながらも瞼が少し落ちている。僅かに息遣いが荒く、欲情しているのだと悟ると達也も途端に動悸がした。普段、穏やかな雅久が獣に変わる瞬間が魅力的だといつも思う。
「でも、ここ台所ですから……せめて、シャワーとかしてから……」
「たまにはこういうとこでするのも燃えますよね」
「え!? ――んんっ」
雅久は素早く達也を体ごと向き合わせて、深くキスをした。まな板から包丁がゴトン、と音を立ててシンクに落ちた。まだ手を洗っていない達也は抱き返すことも押し返すこともできずに固まっている。いきなりの展開に戸惑いながらも雅久の舌使いに翻弄されて、次第に力が抜けていった。雅久は、膝が折れて体勢を崩した達也の腰を支え、そしてそのまま抱き上げてカウンターに座らせる。ややせっかちにベルトを外し、既に先走りでシミを作っている下着を引っ張った。透明の糸が引いている。
「小野寺さんも満更じゃないですよね」
「もぅ……恥ずかしい……」
雅久は達也のそれに食らい付き、きつく吸いながら先端を甘噛みした。頭の角度を変えながらくまなく唾液で濡らしていく。
「やぁ……っ、ん、あ、すぐ出ちゃうっ、待って、あぁあ」
そう言いながら両手は雅久の短い髪を鷲掴みにしていて、つくづく言葉とは裏腹に体は受け入れている。咥えられている感覚だけでなく、下腹や腿をくすぐる髪の毛や吐息の感触にも敏感になった。口淫されながら再びシャツ越しに胸を攻められる。直ではない、間接的な刺激が更に快感を呼ぶ。
「は、ぁあん、あ、出したいっ……も、だめ」
そう口にした直後にたまらず雅久の口の中に吐精した。雅久は最後の一滴まで溢さず飲み込んだ。
「だ、だめ、ですよ……飲んじゃ……」
「だって可愛いから」
雅久はひと息つく暇もなく、達したばかりの達也を再び握り、親指で亀頭を押し撫でる。
「いやっ、ぁ、今、触ったらだめっ、」
達也の訴えも無意味のようで、一気に下半身の服をずり下ろされると、膝裏を持ち上げられた。雅久の指が後孔を弄る。
「こんなっ、とこで……あ、あ、」
ふいに目に入った雅久のものは強くウェアを押し上げていてきつそうだった。達也は恐る恐る雅久の肩を押し返すとカウンターから下り、そのまま跪いて雅久のウェアをゆっくり下ろした。
「小野寺さん、」
「僕も……」
目の前に姿を見せた逞しい雄。一度竿に軽くキスをして、ゆっくり静かに口内へ取り込んでいった。雅久の息遣いが荒くなる。頬や髪を撫でられると、もっとしてやりたいと思った。
「はあ……やばい……、気持ちいい……」
それは達也にとって最高の褒め言葉かもしれない。さっき出したばかりなのに、また疼きだした。雅久は床に座り込むと膝の上に達也をいざなった。跨ると互いの下半身が露骨に合わさる。どちらからというわけでもなく、ごく自然な流れで互いのものを擦り合わせ、熱を感じながら深いキスをする。雅久の手が後ろに伸びて達也の柔らかくなりつつある蕾に指を進めた。雅久の唇からの刺激、雅久の体温からの刺激、雅久の指先からの刺激に、達也は完全に陶酔した。首に両腕をしっかり回して密着する。今すぐ溶けそうだった。
「んっ、ん、はぁん……せんせ、……きもちい、」
「うれしい……もう入れたい」
「入れてくださ……い、はやく……」
熱くて硬いものが宛てがわれる。達也はその上にゆっくり沈んだ。腹の中で雅久を直接感じると勝手に涙が溢れてくる。
「痛くない? 気持ちいい?」
「きもちいい……は、ぅ……すごい、いっぱい」
「天然で煽らないでくださいよ」
ひと突きするだけで達也は首を反らせて声を上げる。初めは突き上げる度に逃げようとしていたが、次第に自ら腰を振った。キッチンには似つかわしくない、卑猥に肌がぶつかる音と喘ぎ声。アンバランスなシチュエーションだからこそ興奮する。
達也は無我夢中で雅久に抱き付いた。不意打ちに突起を舐められる。
「あぁッ、先生、せんせぃ、……はあっ、あ、……っ」
いったん雅久が動きを止めて、絶頂が近かった達也は不満を残して雅久を見た。
「今は『先生』じゃないですよね」
「え……? あ、はぃ……」
「先生、じゃなくて」
「え、と……、あっ」
渋っていると腹の中で雅久が蠢く。
「先生じゃなくて……」
「んっ、ぁ、つ、堤……さん……」
「それも違う」
再び雅久が動き出し、激しく突き上げてくる。決して楽ではない体勢なのに、構わず力加減が衰えないのに恐怖すら抱いた。
「んあぁっ、やめ……っ、んぁ、が、が……く……」
体が砕け散りそうなのに、にこ、と微笑まれると許してしまう。男らしさとあどけなさを嫌味なく兼ね備えているのはこの男くらいだと思った。骨が折れそうな力で抱き締められて耳元で「達也」と呼ばれる。
「あ、ぁ、がく……雅久……すき、っ……」
「俺も……っ、好きだ……」
それを聞いただけで達也は体を震わせて、先に絶頂を迎えてしまった。それを見た雅久が後を追うようにして達也の中に放った。熱が広がる。朦朧としながら唇を合わせ、この多幸感が続けばいいと願った。
―――
早朝に一度目が覚め、隣にいる雅久が背を向けてぐっすり寝ていたので再び目を瞑った。すぐに眠りに落ちて二度目に目を開けた時は目の前に雅久の顔があった。いつの間にか腕の中にいる。それでも雅久はすやすやと寝息を立てていた。枕元のスマートフォンを見ると、正午を迎えようとしていた。起こさないようにそっとベッドを抜け出し、着替えと洗面を済ませる。
昨晩、はちみつに漬けておいたレモンでさっそくアイスレモネードを作った。まだ味が薄いように感じるが、やはり圭介のレモンを思い出す。
「俺には淹れてくれないの?」
寝ぼけ眼の雅久が隣に立った。同じようにレモネードを作り、輪切りのレモンを載せる。ちょうど陽が高くなり、窓から差し込んだ太陽光がグラスを照らす。薄黄色に色付いたレモン水。氷が溶けてカラン、と音を立てた。
「起こしてくれたらよかったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから」
腰に怠さを感じて擦ると、雅久が代わって腰を擦った。
「痛い?」
「痛くはないけど、重いです。……中々止めてくれないから」
「だって、好きな人抱いてて止められる人っていないでしょ」
こういう台詞を恥ずかしげもなく言えるところがまだ慣れずに、達也はうろたえるばかりだ。雅久はその反応を見ていつも楽しんでいる。
「……実は、圭介を思い出したんです。今でもやっぱり時々済まなくなる時がある。レモネードを飲むと自然に記憶が蘇ってしまう。恋しくなることはないけど、その度に罪悪感を覚えるんです」
「……白石さんに?」
「先生に。僕は先生が好きだし、ずっと一緒にいたい。だからこそ時々圭介を思い出すと、先生が嫌な思いするんじゃないかって」
「でも、前にも言ってくれたけど、白石さんを想い出してもそれは彼の幸せを願ってるだけで、やましい気持ちはないんでしょ? 俺はそれを信じてるから、大丈夫」
達也はそれを聞いて安堵の笑みをこぼした。
「それに、今はまだレモネードに白石さんの想い出が強くても、これからも飲み続ければ、いつか新しい想い出が上乗せされて、過去は過去として懐かしむ時がくる」
なるほど、と頷いた。やはりわだかまりを素直に口にして良かったと思った。気を遣って飲み込んでばかりいたら、いつまでも進まないままだ。達也は雅久の前向きなところにいつも支えられている。
「それより、『ずっと一緒にいたい』って言ってくれたことのほうが嬉しかったな」
「え? 言いましたっけ」
「今、さっき」
「無意識だったからかな、記憶にない」
「ずっと一緒にいて」
「はい」
「絶対ですよ」
「はい」
「じゃあ、『先生』って言うの、やめようか」
「…………雅久」
雅久は満足そうに微笑んで達也の頬に軽くキスをした。半分氷が溶けてしまったアイスレモネードにようやく口を付ける。
「うん、美味しい」
達也はひそかに心に決めた。
毎週、週末はレモンを買おう。
なければ、レモン水でもいい。
そして一緒に過ごす休日の朝は、一緒にレモネードを飲もう。
そうやって少しずつ二人だけの味を作りたい。
雅久のために。
END
Shiva様からいただきました☆

スポンサーサイト