空虚2
***
定時きっかりに仕事を終えて、課の先輩に飲みに行かないかと誘われたが、丁重に断った。相変わらず付き合いの悪さを軽く叩かれたが、達也にとって社員同士の親睦はこれといって重要じゃない。
会社を出ると陽が沈んで薄暗くなっていた。つい最近までは六時を過ぎても明るかったのにと、季節の移り変わりを感じる瞬間だ。両腕を広げて首や肩を回す。クラブを辞めてから一ヵ月も経っていないが、少し動かさなかっただけでもう体が痛い。家でのストレッチもやらなくなってしまった。急にすべてが数ヵ月前に戻ったようだ。同じように仕事を終えてどこか浮足の他人を横目に、まっすぐ自宅へ急ぐ。圭介の足の心配をしなくて済むようになった今、アフターファイブを好きなように過ごそうと思えば過ごせるのにそうしないのは、単純に圭介の傍にいたいからだった。
家に着くと圭介はベランダで煙草を吸っていた。達也が帰宅したことに気付いていないようだ。達也は部屋着に着替えると圭介のもとへ行く。どこか哀愁のある背中に抱き付いた。
「暑くない?」
「暑いな。お前がくっつくから」
「ビール飲む?」
「あとで飲む。いつ帰ったんだ」
「今さっきだよ。圭介は?」
「俺もさっきだ」
生暖かい風に圭介の黒髪が靡いた。いつの間にこんなに伸びたのか、圭介の髪は肩まで届いていた。
「髪、伸びたね。縛れるんじゃない?」
「そうだな、そろそろ鬱陶しいな」
達也は圭介の髪を雑に束ね、輪郭がスッキリとした圭介の顔を覗き込んだ。キスをする。胸にすり寄ると煙草の匂いがした。だが圭介はそれを拒みも応えもしなかった。何も反応がなく達也から離れ、先に部屋の中へ戻る。圭介の傍にいると決めてから、達也はそれまでよりもいっそう圭介に尽くすようになった。普段の家事は勿論、圭介がひと言でも疲れたと洩らせば肩を揉もうかと申し出て、喉が渇いたという前にコーヒーを出す。別に気を遣っているわけでも胡麻をすっているのではない。ただ彼と一緒にいて日常の些細な喜怒哀楽を共有したいだけだ。けれども肝心の圭介は以前にも増して反応が薄い。圭介から何か話を振ることはまずほとんどないし、達也が意見を求めても最低限の返事しかない。夜も同じベッドで寝てはいるが、体を重ねていない。達也のほうからキスをしても体を触っても、圭介は適当にかわして背を向けて眠る。嫌われてはいないようだが、あからさまな距離感には寂しくなるのだった。
圭介が入浴をしているあいだ、部屋の片付けをしていた達也はテレビボードの中にある一枚のDVDに目が付いた。『カンタマーレ 試合』とだけマジックで書かれたそのDVDを、懐かしさに急に観たくなってプレイヤーにセットした。二年前、岡山のスタジアムで行われた試合。達也は観戦に行けず、テレビで放送されているのを録画したものだ。
相手チームのキックオフで始まり、前半は敵のペースでボールをキープされたまま進んでいく。ディフェンダーが徐々に詰めてはいくが、ボールは中々奪えない。客観的に見ればカンタマーレは消極的で押され気味に思えた。急にスイッチが入ったかのようにディフェンダーがドリブルをしている敵の隣に並び、インターセプトを狙う。素早く足を出してボールを奪取し、主導権がカンタマーレに移ると、カメラがボールを受け取った圭介を捉えた。圭介はとりわけキック力に優れているわけではないが、パス精度が高く、ボールコントロールに長けている。大学時代のポジションはフォワードだったが、この試合ではミッドフィールダーに位置していた。圭介は切れのある軽快なターンで敵の選手を交わしていく。くるくると体をひねり、足首で巧みにボールを転がす細かさは見ているこっちの足が攣りそうだ。映像はフィールド全体を映し、米粒のような小ささだが、達也は圭介の姿をずっと追っていた。確かこの時は調子が良かったと言っていたのを覚えている。生き生きと動く姿に気付けば見入っていて、サイドバックへのロングパスを狙った時、突然テレビを消された。
「なに観てんだよ」
「あ……ごめん、なんか懐かしくて」
雫の滴る髪をがしがしと拭きながら、圭介は冷蔵庫からビールを出した。
「よくそんなもん残ってたな。捨てろよ」
「勿体ないよ。でも久しぶりに観たらなんか釘付けになっちゃって。やっぱりカッコよかったよ」
「もう過去の話だ。忘れろ」
達也はまた、「もうサッカーをやる気ないのか」と質問しそうになって口を堅く結んだ。サッカーの話になるとあからさまに機嫌が悪くなる。気まずい空気の中でDVDを片付ける。立ち上がった際に無意識に首を回したのを、圭介は見逃さなかった。
「……ストレッチは行かないのか?」
「うん……」
「マッサージは?」
「マッサージは苦手だから」
「勃っちまったら困るもんな」
と笑われたが、達也は苦笑を返しただけだ。わざと雅久を思い出させて反応を試そうとしたのか、それとも本当に何も考えていないのか、圭介の意図は読めない。達也は短いあいだでどんな反応を見せれば圭介が安心するだろうかと考えた。そしてすぐに自分の浅ましさに嫌気がさす。
やはり圭介に献身的に尽くそうとするのは後ろめたさがあるからだろうか。一度彼を裏切った罪滅ぼしをしたいのだろうか。
――違う。僕は圭介が好きなんだ。
そう言い聞かせているにも関わらず、目を瞑ると思い出すのは別の男の体温ばかりだ。
特に予定のない休日、輪ゴムで束ねた圭介の長い髪を見て散髪にいかないかと誘った。昼前に家を出て、近くのレストランで昼食を摂ってから床屋へ向かう。珍しく圭介が少し離れた美容室に行きたいと言うので電車に乗った。降りた駅は達也が普段、通勤時に降りる駅だった。この辺りに美容室などあっただろうかと不思議に思いながら圭介について行く。休日の街中は平日と違って若者や家族連れが多く、活気づいている。人気のファッション店や雑貨屋が並ぶ賑やかな街を一緒に楽しむわけではないが、圭介とふたりでゆっくり歩くのが初めてと言ってもいいほどで、それだけで充実した時間のように思えた。暫くして道順に違和感を覚えた。圭介が向かっていたのは美容室ではなく、フィットネスクラブだった。途中でそれに気付いた達也は焦って止める。
「どこ行くつもり!?」
「クラブ。申し込みに」
「誰が? 圭介?」
「達也が」
驚きのあまり立ち止まるが、圭介はそのまま歩みを止めない。
「な、なんで?」
「肩懲りとかしんどそうだから。クラブに通ってる時のお前は顔色も良かったし、調子も良さそうだった」
「でも僕は……」
「なんか、そうやって気ィ使われんのが嫌なんだよな。逆にアイツを引き摺ってるように見えるぜ」
図星を突かれて顔を赤くした。クラブに通う気はないとしつこく抗議したが、圭介は聞き入れない。そうこうしながらもとうとう中庭まで来てしまった。達也はいよいよ本気で憤る。
「大きなお世話だよ! いい加減にしてよ!」
「ふん、俺と一緒にいるとか言いながら、結局忘れられないくせに」
「そんなことない!」
「だったら、動揺せずに通えよ。俺は構わないぜ。他の男に接近することを心配しすぎた俺も間違ってたんだ。本当に俺のことを好きなら、誰と関わろうが、迷わず俺のところに帰ってくるはずだろ。俺はお前を信じてるぜ」
「け、圭介」
「なんだよ、お前の健康を心配してやってんだろうが。早く申し込んで来いよ」
口は笑っているのに眼が笑っていない。言葉では気遣われても声には棘がある。あきらかに圭介は達也を試していた。達也の日頃の不自然な尽くし方に圭介も気付いていたのだろう。一緒にいて彼が安心できるならと思っていたのに、かえって苛立たせていたのかもしれない。一度入ってしまったヒビは直らないのだろうか。
入り口のドアが開いた。クラブの中から現れた人物はいったん二人の前で止まる。達也はその人物を見てうろたえた。
「つ、堤先生……」
雅久は二人に驚いたようだが、すぐに険しい表情になって足早に通り過ぎた。肩をいからせて外股で歩く後姿は雅久特有のスタイルだが、機嫌が悪いようにも見える。振り返らずに遊歩道へ続く階段を駆け下りて行った。姿が見えなくなると達也は安堵の溜息をついた。しかし、すぐに圭介に手を引かれる。雅久の後を追っている。
「圭介! なんでそっちに……っ」
圭介は階段の上から遊歩道にいる雅久を呼んだ。
「おい!」
振り返った雅久は怪訝に見上げるだけだ。
「しっかり受け取れよ」
引っ張り出された達也は、背中を強く押されて階段から転げ落ちた。瞬時に動いた雅久が途中で抱き止めたので衝撃は多少抑えられたが、達也は頭を抱えていた。雅久はキッと圭介を睨み付ける。
「何を考えてるんですか!!」
「さーすが。そのまま持って帰れ」
圭介はそれだけ言い残すと踵を返して姿を消した。頭痛と手の平に生温かいものを感じながら、達也は必死で叫んだ。
「けいすけ……圭介! 待って、待って!!」
「小野寺さん、血が」
「どうして……圭介……なんでだよぅ……」
彼はこの半月、どんな想いで過ごして、ここに来ようと決めたのだろう。どんな想いで達也を突き落としたのだろう。頭にズキズキ痛みが走るが、圭介のほうが達也以上に胸を痛めているはずだ。達也は雅久の腕の中で、叫んでも届かない圭介を呼び続けた。
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定時きっかりに仕事を終えて、課の先輩に飲みに行かないかと誘われたが、丁重に断った。相変わらず付き合いの悪さを軽く叩かれたが、達也にとって社員同士の親睦はこれといって重要じゃない。
会社を出ると陽が沈んで薄暗くなっていた。つい最近までは六時を過ぎても明るかったのにと、季節の移り変わりを感じる瞬間だ。両腕を広げて首や肩を回す。クラブを辞めてから一ヵ月も経っていないが、少し動かさなかっただけでもう体が痛い。家でのストレッチもやらなくなってしまった。急にすべてが数ヵ月前に戻ったようだ。同じように仕事を終えてどこか浮足の他人を横目に、まっすぐ自宅へ急ぐ。圭介の足の心配をしなくて済むようになった今、アフターファイブを好きなように過ごそうと思えば過ごせるのにそうしないのは、単純に圭介の傍にいたいからだった。
家に着くと圭介はベランダで煙草を吸っていた。達也が帰宅したことに気付いていないようだ。達也は部屋着に着替えると圭介のもとへ行く。どこか哀愁のある背中に抱き付いた。
「暑くない?」
「暑いな。お前がくっつくから」
「ビール飲む?」
「あとで飲む。いつ帰ったんだ」
「今さっきだよ。圭介は?」
「俺もさっきだ」
生暖かい風に圭介の黒髪が靡いた。いつの間にこんなに伸びたのか、圭介の髪は肩まで届いていた。
「髪、伸びたね。縛れるんじゃない?」
「そうだな、そろそろ鬱陶しいな」
達也は圭介の髪を雑に束ね、輪郭がスッキリとした圭介の顔を覗き込んだ。キスをする。胸にすり寄ると煙草の匂いがした。だが圭介はそれを拒みも応えもしなかった。何も反応がなく達也から離れ、先に部屋の中へ戻る。圭介の傍にいると決めてから、達也はそれまでよりもいっそう圭介に尽くすようになった。普段の家事は勿論、圭介がひと言でも疲れたと洩らせば肩を揉もうかと申し出て、喉が渇いたという前にコーヒーを出す。別に気を遣っているわけでも胡麻をすっているのではない。ただ彼と一緒にいて日常の些細な喜怒哀楽を共有したいだけだ。けれども肝心の圭介は以前にも増して反応が薄い。圭介から何か話を振ることはまずほとんどないし、達也が意見を求めても最低限の返事しかない。夜も同じベッドで寝てはいるが、体を重ねていない。達也のほうからキスをしても体を触っても、圭介は適当にかわして背を向けて眠る。嫌われてはいないようだが、あからさまな距離感には寂しくなるのだった。
圭介が入浴をしているあいだ、部屋の片付けをしていた達也はテレビボードの中にある一枚のDVDに目が付いた。『カンタマーレ 試合』とだけマジックで書かれたそのDVDを、懐かしさに急に観たくなってプレイヤーにセットした。二年前、岡山のスタジアムで行われた試合。達也は観戦に行けず、テレビで放送されているのを録画したものだ。
相手チームのキックオフで始まり、前半は敵のペースでボールをキープされたまま進んでいく。ディフェンダーが徐々に詰めてはいくが、ボールは中々奪えない。客観的に見ればカンタマーレは消極的で押され気味に思えた。急にスイッチが入ったかのようにディフェンダーがドリブルをしている敵の隣に並び、インターセプトを狙う。素早く足を出してボールを奪取し、主導権がカンタマーレに移ると、カメラがボールを受け取った圭介を捉えた。圭介はとりわけキック力に優れているわけではないが、パス精度が高く、ボールコントロールに長けている。大学時代のポジションはフォワードだったが、この試合ではミッドフィールダーに位置していた。圭介は切れのある軽快なターンで敵の選手を交わしていく。くるくると体をひねり、足首で巧みにボールを転がす細かさは見ているこっちの足が攣りそうだ。映像はフィールド全体を映し、米粒のような小ささだが、達也は圭介の姿をずっと追っていた。確かこの時は調子が良かったと言っていたのを覚えている。生き生きと動く姿に気付けば見入っていて、サイドバックへのロングパスを狙った時、突然テレビを消された。
「なに観てんだよ」
「あ……ごめん、なんか懐かしくて」
雫の滴る髪をがしがしと拭きながら、圭介は冷蔵庫からビールを出した。
「よくそんなもん残ってたな。捨てろよ」
「勿体ないよ。でも久しぶりに観たらなんか釘付けになっちゃって。やっぱりカッコよかったよ」
「もう過去の話だ。忘れろ」
達也はまた、「もうサッカーをやる気ないのか」と質問しそうになって口を堅く結んだ。サッカーの話になるとあからさまに機嫌が悪くなる。気まずい空気の中でDVDを片付ける。立ち上がった際に無意識に首を回したのを、圭介は見逃さなかった。
「……ストレッチは行かないのか?」
「うん……」
「マッサージは?」
「マッサージは苦手だから」
「勃っちまったら困るもんな」
と笑われたが、達也は苦笑を返しただけだ。わざと雅久を思い出させて反応を試そうとしたのか、それとも本当に何も考えていないのか、圭介の意図は読めない。達也は短いあいだでどんな反応を見せれば圭介が安心するだろうかと考えた。そしてすぐに自分の浅ましさに嫌気がさす。
やはり圭介に献身的に尽くそうとするのは後ろめたさがあるからだろうか。一度彼を裏切った罪滅ぼしをしたいのだろうか。
――違う。僕は圭介が好きなんだ。
そう言い聞かせているにも関わらず、目を瞑ると思い出すのは別の男の体温ばかりだ。
特に予定のない休日、輪ゴムで束ねた圭介の長い髪を見て散髪にいかないかと誘った。昼前に家を出て、近くのレストランで昼食を摂ってから床屋へ向かう。珍しく圭介が少し離れた美容室に行きたいと言うので電車に乗った。降りた駅は達也が普段、通勤時に降りる駅だった。この辺りに美容室などあっただろうかと不思議に思いながら圭介について行く。休日の街中は平日と違って若者や家族連れが多く、活気づいている。人気のファッション店や雑貨屋が並ぶ賑やかな街を一緒に楽しむわけではないが、圭介とふたりでゆっくり歩くのが初めてと言ってもいいほどで、それだけで充実した時間のように思えた。暫くして道順に違和感を覚えた。圭介が向かっていたのは美容室ではなく、フィットネスクラブだった。途中でそれに気付いた達也は焦って止める。
「どこ行くつもり!?」
「クラブ。申し込みに」
「誰が? 圭介?」
「達也が」
驚きのあまり立ち止まるが、圭介はそのまま歩みを止めない。
「な、なんで?」
「肩懲りとかしんどそうだから。クラブに通ってる時のお前は顔色も良かったし、調子も良さそうだった」
「でも僕は……」
「なんか、そうやって気ィ使われんのが嫌なんだよな。逆にアイツを引き摺ってるように見えるぜ」
図星を突かれて顔を赤くした。クラブに通う気はないとしつこく抗議したが、圭介は聞き入れない。そうこうしながらもとうとう中庭まで来てしまった。達也はいよいよ本気で憤る。
「大きなお世話だよ! いい加減にしてよ!」
「ふん、俺と一緒にいるとか言いながら、結局忘れられないくせに」
「そんなことない!」
「だったら、動揺せずに通えよ。俺は構わないぜ。他の男に接近することを心配しすぎた俺も間違ってたんだ。本当に俺のことを好きなら、誰と関わろうが、迷わず俺のところに帰ってくるはずだろ。俺はお前を信じてるぜ」
「け、圭介」
「なんだよ、お前の健康を心配してやってんだろうが。早く申し込んで来いよ」
口は笑っているのに眼が笑っていない。言葉では気遣われても声には棘がある。あきらかに圭介は達也を試していた。達也の日頃の不自然な尽くし方に圭介も気付いていたのだろう。一緒にいて彼が安心できるならと思っていたのに、かえって苛立たせていたのかもしれない。一度入ってしまったヒビは直らないのだろうか。
入り口のドアが開いた。クラブの中から現れた人物はいったん二人の前で止まる。達也はその人物を見てうろたえた。
「つ、堤先生……」
雅久は二人に驚いたようだが、すぐに険しい表情になって足早に通り過ぎた。肩をいからせて外股で歩く後姿は雅久特有のスタイルだが、機嫌が悪いようにも見える。振り返らずに遊歩道へ続く階段を駆け下りて行った。姿が見えなくなると達也は安堵の溜息をついた。しかし、すぐに圭介に手を引かれる。雅久の後を追っている。
「圭介! なんでそっちに……っ」
圭介は階段の上から遊歩道にいる雅久を呼んだ。
「おい!」
振り返った雅久は怪訝に見上げるだけだ。
「しっかり受け取れよ」
引っ張り出された達也は、背中を強く押されて階段から転げ落ちた。瞬時に動いた雅久が途中で抱き止めたので衝撃は多少抑えられたが、達也は頭を抱えていた。雅久はキッと圭介を睨み付ける。
「何を考えてるんですか!!」
「さーすが。そのまま持って帰れ」
圭介はそれだけ言い残すと踵を返して姿を消した。頭痛と手の平に生温かいものを感じながら、達也は必死で叫んだ。
「けいすけ……圭介! 待って、待って!!」
「小野寺さん、血が」
「どうして……圭介……なんでだよぅ……」
彼はこの半月、どんな想いで過ごして、ここに来ようと決めたのだろう。どんな想いで達也を突き落としたのだろう。頭にズキズキ痛みが走るが、圭介のほうが達也以上に胸を痛めているはずだ。達也は雅久の腕の中で、叫んでも届かない圭介を呼び続けた。
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