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・雨の中の訪問者2 【R】

 ***

 一体どうなっているのだと、篤郎は困惑した。この男の頭がおかしいのか、それとも自分がおかしいのか、……おそらくどっちもだ。たまたま助けた猫に誘導されてこんな奇妙な場所に迷い込んだ自分もどうかしているが、さっきからしきりにその猫は自分なのだと言い張る男も相当異常だ。そして強引に誘われるがままにはっきり断ることもできず、どういうわけか応接間で食事を与えられている。

 応接間も同じく統一感のない派手な装飾。中心にあるラウンド型のアンティークテーブルに篤郎と男が向かい合って座っている。何もかもが落ち着かない。部屋の装飾も、たくさんの猫に囲まれていることも、男の澄んだ碧眼に見つめられていることも。

「美味しいかい?」

「え? あ、はい……」

 篤郎が今、口に運んでいるのは人参とかぼちゃのポタージュだというが、微かにその味わいがあるだけでこれが美味いのか不味いのか分からない。

「昨日は悪かったね。わたしを連れ帰ったせいで夕食をろくに摂れなかっただろう? あのあとわたしはすぐに寝てしまったけれど、君は何か食べたのかな」

「確か……インスタントラーメンを夜中に……食べました」

「胃もたれはしてないの?」

「あぁ、朝、少しだけ胸やけがありましたけど、今は大丈夫、です」

「体は大事にしないと。栄養をきちんと摂らないと駄目だよ。今日は仕事で何事もなかった?」

「え?」

「昨日、仕事でミスをしたと言って落ち込んでいただろう」

「……誰から聞いたんです?」

「はは、何言ってるんだい。君が話したんじゃないか。商品の発注個数を間違えたって」

 話はしたが、篤郎が話した相手は白い猫だ。猫が喋るわけは……ない。食事のことといい仕事のことといい、この男は本来知るはずのない事実を、さも自分が聞いた話であるかのように喋っている。

「名前はなんて言うの?」

「……古田……篤郎です」

「そう、いい名前だね。それにとても綺麗だ」

「きれい!?」

「肌もスベスベしていて、色が白いから黒い髪がよく似合う。だけど前髪をもう少し切ったほうがいい。せっかくの黒瑪瑙の眼が見えにくくて勿体ない」

「黒瑪瑙って」

「そのくらい、綺麗な黒い眼ってことだよ」

 そういう男はアクアマリンの眼を持っていて、男の篤郎から見ても納得するほど端正な顔立ちだ。顎は細く、鼻が高い。この無規律な館の主にしては品のある男だ。一匹のロシアンブルーが男の膝に跳び乗った。耳元で小さく鳴くと、男は「ああ、いいよ」と微笑みながらロシアンブルーの顎をくすぐった。

「……まさか猫の言葉が分かるんですか?」

 自称『白い猫』の男の話を信じ切れていない篤郎は、半分揶揄を込めて言った。男は極めて冷静に答える。

「勿論。今日の夕飯の魚を仲間に取られてしまったから、煮干しを食べていいかと聞いてきたんだよ」

「そんな馬鹿な」

 背後からニャーと鳴かれ、振り返ったらロシアンブルーが篤郎を睨んでいた。

「あいつはプライドが高いんだ」

「あの……ここは一体……。猫たちはあなたが飼っているんですか?」

「わたしが飼っているというより、わたしが年長者なだけで、仲間だよ。身寄りのない独り者が集まっている」

 ますます言っている意味が分からない。

「……わたしは雨に弱くてね。昨日は外出をしている時に突然雨に降られて、あのコンビニの前で意識を失ったんだ。もう死ぬんだと思った時に、君に助けられた。綿のハンカチを被せてくれたね。とても気持ちが良かった」

「確かに……猫にハンカチを掛けましたけど……」

「わたしがあの白い猫だとまだ信じないかい」

「信じられないでしょう」

「まあいい。とにかく今日は君に助けられたお礼がしたくて、ここへ来てもらったんだ」

「そんなお礼なんて、もういいですから」

 とにかく早く帰りたかった。これ以上ここにいると頭がおかしくなりそうだ。食事はメイン、デザートと次々に出てくるが、正直言って何も入らない。すると、机に跳び乗った一匹の猫が篤郎のポタージュの器を尻尾でひっくり返し、勢いよく中身がスーツにかかってしまった。濃紺のジャケットに赤々としたポタージュがべっとりと乗っている。

「大変だ。すぐに着替えなさい」

「いやっ、着替えなんてないです」

「わたしのを貸そう。もう風呂の湯も入ってる頃だし、そのまま浸かってくるといい」

「人様の家で風呂になんて入れません」

「わたしがそうしろと言ってるんだ」

 強めに言われて、篤郎はしぶしぶ従った。男はスーツを洗っておくというが、どう考えても数時間で乾くとは思えない。絶対に何かを企んでいるに違いない。強く言われると断れないお人好しだと自覚がある篤郎も、今回ばかりは簡単に騙されるわけにいかなかった。どうにかして抜け出すチャンスはないかと窺っていたが、至る所にいる猫に見張られている気がして中々案が浮かばない。

 篤郎を風呂場へ誘導したのは、どこからともなく現れた茶色の癖のある毛を持った少年だった。少年は琥珀色の大きな眼で篤郎を見据え、「脱衣を手伝います」と申し出た。

「君も猫……?」

「トラ猫です」

 なんてことだ。館の住人がグルになって自分を騙そうとしている。クラリと視界が歪んで倒れそうになったところを少年に支えられた。少年は篤郎の許可もなく衣服を順に脱がしていった。見た目はまだ十二歳ほどなのに、大人の男の服を脱がすのに躊躇いがない。まさかあの男、毎日この少年に脱衣を手伝わせているんじゃないだろうなと如何わしい考えがよぎった。ベルトに手を掛けられて篤郎は慌てて拒んだ。

「さすがにそれはやめてくれ、自分で脱ぐから」

 少年は「では変えの服を用意しておきます」と言い残して下がった。

 十帖以上はある広い浴室は壁もバスタブも白で統一されていて、シンプルなデザインだった。無駄に広いこと以外は一般家庭と大差ないと思ったが、篤郎が湯に浸かっているあいだも脱衣所で猫が待っているのが落ち着かない。ただ、外が冷えていたからなのか少しぬるめの湯が気持ち良くて、早々に上がるのが勿体ない気がした。しかも自宅のアパートはユニットバスなのでこんなに広い風呂で湯に浸かれるなんて滅多にないことだ。浴室にも、どこからか漂う甘い匂いに頭がぼんやりしてきた。
 湯気が立ち込めるはっきりしない視界の中で、あの男が浴室に入ってきた。

「えっ? いや、あの」

「身体を洗ってあげよう」

「け、結構です! っていうか、服が濡れますよ!」

「わたしのことはいいんだよ」

 傍に来いと言われたが、いくら男同士とはいえ何も身に着けていない姿をさらけだして体を洗ってもらうなんて御免である。篤郎は首を横に振って全力で拒否した。「仕方ないな」と小さく溜息をついた男は、服のままバスタブに侵入し、篤郎に近寄った。後ずさりするもバスタブの中では限界がある。篤郎はすぐに捉えられて、男の腕に包まれた。

「細い体だな」

「あのっ……やめて、ください」

「そのわりに嫌がっているように見えないね。……ひどく肩が凝っているな。腰も」

 男の大きな手が篤郎の肩と腰を撫でてくる。そして指の先が腰のラインをなぞって胸に触れた。

「あっ……」

「今ので感じたのかい。力を抜いて」

「なんで、……こんな……やめて……くだ、さい」

「言っただろう、礼がしたい。今日は君を最高に気持ち良くしてあげよう」

「礼……って」

「昨日、助けてくれたお礼だよ。何度も言わせないでくれ。中々物分かりの悪い子だね」

 間近で男の碧眼と目が合った。あの猫を見て吸い込まれそうになった、あの感覚と同じだ。見つめられると顔が熱くなって動悸がしてくる。

 ――なんて整った顔なんだろう。

 男の顔がゆっくり近付き、唇を重ねられる。男とのキスなんて考えもしなかったが、意外にも違和感がないのが不思議だった。それどころか深く舌を入れられて、熱くザラザラした感触が背筋が痺れるほど心地よかった。けれども喉の奥まで舌が届くとさすがに苦しくなり、篤郎は胸を押して男の唇から逃れた。

「はあっ……! なに、して……」

「よく言うね。キスひとつで蕩けそうな顔をしてるじゃないか。これがいい証拠だ」

 と言って、男は篤郎の起き上がったものを握った。

「やっ……ぁ」

 自分でも下半身が疼く感覚はあったが、そこまで反応しているとは思わなかった。男の手に包まれて体の奥が更に痺れた。男は篤郎のものを軽く揉みほぐし、親指の腹で先端を円を描くように撫でた。

「あ、あ、や、やだ……やめてくださ……」

「湯の中だと、思うように指が滑らないな。バスタブの淵に座ってごらん」

「え……!? そんなこと、できませ、ん」

「のぼせてしまうよ」

 男は篤郎の腰を抱えると易々と持ち上げ、バスタブの淵に座らせた。いきなり全裸を見られて恥ずかしさにますます顔が熱くなる。だが、目の前の男も濡れたシャツが肌に張り付いていて、輪郭が生々しく浮かび上がっている。男はすっかり反り返った篤郎を再び包み、根元から先に掛けて柔らかく指圧した。あからさまに硬度が増すのを間近で見て楽しんでいるように見えた。人差し指で鈴口をくすぐられる。

「あっん……」

「いい声だね」

 何がいい声だ、と抗議したいのにできない。意識とは関係なく口から洩れてしまう甘い嬌声は羞恥以外の何物でもない。両手で口を塞いで声が出ないよう努めるが、男はあっさりその手を解いた。

「我慢しないで、もっと聞かせなさい」

「い、やぁ」

「ほら、こんなに潤ってきた。分かるかい、滑りがいいと気持ちがいいだろう」

 溢れる透明の蜜を全体に塗り広げ、ゆっくり上下させる。引き上げられる度に下半身から脈が早まり、篤郎は呼吸を乱し始めた。よがり声の混じった吐息とみだらな音が浴室に響く。あまりに男がゆっくりした動作なので、篤郎はだんだんもどかしくなった。
 
 ――なんで、こんなに……ゆっくりするんだろう……。
    もっと早く、扱いて欲しい……。
   
   ……匂いが……微かに甘い匂いがする……。

 暑さと心地よさで朦朧としているためか、篤郎の内腿から力が抜けた。次第に自ら足を開いていく。今度は男は先端を舐めた。まるで猫が毛づくろいをする時のように、舌先で弄ぶ。それをしながらじょじょに手の動きを早めた。

「ああぁっ、それっ……だめぇ!」

「イイだろう?」

「いやっ、だめ……、恥ずかしい、ですっ……」

「余計なことを考えないで、気持ちいいことだけ、考えてごらん」

 大きく口を開けた男は篤郎のものを一気に口に含み、巧みな舌技で口内で篤郎を転がした。吸引されながら先端を刺激されると、篤郎の目から涙が零れた。唇でのスライドは理性も我慢も吹っ飛びそうになる。

「は、あぁん、も……ぅ、だめですっ、い、かせて……」

「ええ、出してみなさい」

 唇を離した男は篤郎を抱き寄せ、再び手の平で限界まで促した。他人から与えられる刺激がここまで気持ちが良いとは思わなかった。

「あっ、あっ、い、いくっ!」

 一瞬だけ体を痙攣させ、篤郎はその瞬間に男の手の中で達した。経験がないわけじゃないのに、初めて性行為をした時のような新鮮な快楽だった。篤郎は暫く男の胸にしがみついたまま震えた。

「気持ち良かったかい? ……たまらないな」

「こんなの……おかしいですよ……」

「まだ言うのか。それならもっと気持ち良いことをしようか」

「……え?」

 視線を落とすと、男の下半身が大きく膨れているのが見えた。濡れたスラックスが絡みついているのがやけに淫靡で恐怖すら覚える。一気に熱が冷めた気がした。離れようと思った時には遅かった。男は篤郎を横抱きにして湯を出る。




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