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圭介の葛藤2

 午後六時に店を閉めて、まっすぐ帰宅するところを、少し気分を変えて河川敷へ向かった。毎週土曜日の夕方にその広い河川敷でサッカークラブのジュニアが練習しているのを知っていた。存在感を増した大きな紅色の夕日が西の空に居座り、河川敷で練習に励む子どもたちや静かに流れる河の水面を照らしている。金色の後光の中で汗と笑顔を光らせている子どもたちの姿は、圭介にとって夕映えより眩しかった。自分も当事者だった頃を思い出しては、今の自分を蔑んだ。純粋にサッカーだけを楽しんでいた幼少時代が懐かしい。

「おじさん、か。まだ二十七なのによ」

 川表に腰を下ろし、いつも持ち歩いている杖を隣に置いた。杖を握っていた手の平には汗が滲んでいる。

「すみませーん! ボール投げてくださーい」

 圭介の近くまで飛んできたサッカーボールを手に取る。懐かしい感触だ。圭介は立ち上がるとなんの支えもなく左足を軸にして右足でボールを蹴り上げた。綺麗に弧を描いたボールは、手を振っている少年のほうへ吸い込まれていった。

「ありがとうございまーす!」

 走り去る少年に圭介は軽く手を挙げる。そのまま杖をつかずに歩き出した時、目の前で予想もしなかった人物が呆気に取られた表情で佇んでいた。雅久だった。圭介はぶっきら棒に声を掛ける。

「ドーモ」

「……奇遇、ですね……」

 ランニングでもしていたのか、薄いTシャツにハーフパンツ、その下にはフィットネスウェアというスポーティな格好で、汗だくになっていた。茶色の短髪はひと風呂浴びたかのように濡れている。肩で息をしながら、雅久は圭介の左足を見ていた。圭介は雅久の言わんとしていることに察しがついていたが、あえて誤魔化さずに無視しようとした。が、

「いつからですか」

 いきなり本題に入られた。圭介は鋭い眼で雅久を睨み付ける。

「いつから左足は動くようになったんですか?」

「もともと動いてたぜ」

「だけど杖がないと歩くこともままならないと聞きました。なのに今、しっかり左足で全身を支えてボールを蹴りましたよね。今だって杖をついていない」

「関係ないだろ」

 構わず通り過ぎようとしたら突然胸ぐらを掴まれた。圭介は標準より身長は高めだが雅久はそれより高い。圭介に負けず劣らずの険しい目つきで見下ろしてくる。

「小野寺さんは知ってるんですか」

「なんでお前にそんなこと聞かれなきゃなんねんだよ」

「彼がどんな思いであなたに付き添ってきたか分かってるんですか。小野寺さんがどれだけ白石さんを心配しているか、知ってるんですか!!」

 圭介はカッとなって胸ぐらを掴んでいる雅久の手を払いのけた。

「んなもん、お前に言われなくても分かってらぁ!! 部外者がえらそうに首突っ込んでくんじゃねぇよ!!」

 崩れた胸元を嫌味げに直す。

「お前だろ、堤って。達也のストレッチの担当だよな。俺のリハビリの担当を変えるっつったのも、頼んでもないのにスポーツドリンクを達也に渡したのもお前だろ。いるんだよな、そういうお節介な奴。こっちとしてはありがた迷惑でしかないんだよ」

「俺だって口を出すつもりはありませんでした。リハビリの担当替えも、小野寺さんが白石さんの足がいっこうに良くならないのを心配していたから、少しでも力になれるならと思っただけです」

「そういうのが迷惑なんだよ」

「でも小野寺さんは俺を頼ってくれました」

 わざと雅久は喧嘩を売っているように見えた。こういう一見、人の好さそうな人間が挑戦的になるのはよほど自信があるからだ。うすうす勘付いてはいたが、雅久と達也は圭介が思うよりも近い関係にある。みっともないと分かっていても対抗せずにいられなかった。

「生徒がトレーナーを頼るのは当然のことだろうが。ちょっとプライベートを聞いたからって身内面してんじゃねぇぞ。それか、いっそどこからどこまで聞いたのか言ってみろ。足りない部分は俺が言ってやるよ。俺とあいつがどういうセックスしてるのかも教えてやろうか」

 あからさまに眉を寄せた雅久を見て圭介は確信した。間違いなく嫌悪ではなく嫉妬の顔だった。言い淀んだ雅久を今度こそ通り過ぎる。数メートル歩いたところで雅久が圭介の背中に言った。

「小野寺さんを大事にしてください」

「……」

「付き合いが長いからって甘えてばかりいると、小野寺さんも離れていきますよ」

「お前、うざいな」

「それとも、俺が付け入ってもいいですか」

 振り返って暫く睨み合う。まっすぐこちらを捉えて離さない。わざわざ宣戦布告するのはただの忠告か、よほど律儀なのか。どちらにせよ雅久が達也をただの生徒として見ていないことは確かである。圭介はそれには答えずに去った。

 圭介は頭のどこかで人に弱みを見せたら負けだという考えがあって、思っていることや感じたことを素直に口にするのを嫌う。わざと憎まれ口を叩いたり高圧的な態度を取ることで本心を誤魔化してきた。だからこそ素直で真正面から向き合おうとする達也に惹かれたのかもしれない。運動神経の悪い達也が圭介を羨むのと同じように、圭介も自分にないものを持つ達也が眩しかった。雅久は少し達也に似ている。情が深くてお節介で正直者。ただ、気弱で人を傷付けたくない達也と違って、雅久は目的とそれを守るためなら攻撃的になることを躊躇わない。圭介にとって一番厄介で苦手な部類の人間だった。


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