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違和感2

 ***

「頑張れ、小野寺さん。ペース落ちてますよ」

「だってこれ……っ、はや……」

「小野寺さんだと心拍数115で運動するのがベストです。まだ届いてないですよ。あと五分あります」

「はあっ、はあっ、……ちょ、もうスミマセン……!」

 時間一杯走り切る前に、断念してしまった。一瞬でも諦めるとあっさりランニングマシンから落とされる。

「ストレッチしましょうか」
 あぐらをかいた達也の背後に雅久が回り、両腕を伸ばされたり、覆い被さって太腿を押される。密着されると汗だくの体が臭わないだろうかと気になった。

「小野寺さんって、ちょっとレモンの香りしますよね」

「く、臭いですか!?」

「いや、レモンですよ? いい匂いじゃないですか。やっぱアレですか、レモンが家にたくさんあるんですか?」

「そうは言っても、その時季に圭介の実家から送られてくるだけですよ。でも長年食べ続けると体に染み付くのかもしれないですね」

「すごいビタミン摂取量なんだろうなー。だから肌が綺麗なんですか?」

「先生、女性にモテるでしょう」

「なんでです?」

 無自覚の女泣かせは罪だなと柄にもないことを思った。

「白石さんといえば、どうですか、足は」

「変わらずです。最近はクラブも休みがちで」

「そうなんですか?」

「僕が仕事で休日出勤が続いてる時、ひとりで行けるならちゃんと通えって言っておいたんですけど、どうやらずっと行ってなかったみたいで。今は二週間に一度、行くか行かないかくらいです」

「うーん、困りましたね。本人にやる気がないのが問題ですね。どんどん筋肉が落ちて足が細くなるし、復帰どころじゃなくなる……」

 ふと達也が暗い表情をしたのに気付いて、雅久はそこで止めた。雅久が考えるに、圭介はサッカーをしたいと思っていない。少しでも復帰する意志があるなら必死に通うはずだ。それどころか、日常生活での歩行すら必要としていない。第三者の目から見てもそう感じるのだ。達也はそれを疑わないのだろうか。

 それにしても横顔も整っているなとジロジロ見てしまった。女々しいというわけではないが、素朴で儚げなオーラは庇護欲を掻き立てるものがある。こんな世間知らずそうな男が、蔭では男とセックスをするのかと考えると、どうもそのギャップに違和感と興味が湧く。ふと目が合って、不思議そうな顔で見上げられる。

「白石さん、良くなるといいですね」

 社交辞令のようなわざとらしい言葉を嬉しそうに受け止められ、その無邪気さに少しだけ心が痛む。

「――じゃ、今日もありがとうございました」

「明日、筋肉痛になるかもしれないです。ま、筋肉痛が出るように運動してるんですけど」

「はは、僕が体力がないってこと忘れないで下さいよ」

 この日の授業が終了した雅久はのんびり片付けに入る。ふと達也にストレッチポールを貸す約束だったのを思い出した。今しがた出て行ったところだ。追い掛ければ間に合うだろうと、雅久はストレッチポールを持って達也の後を追った。達也はいつもスポーツウェアのまま帰宅すると言っていた。玄関を出て薄暗くなった駐車場を見渡す。遊歩道へ向かう達也と圭介の後姿を見た。圭介が迎えに来ていたから急いでいたのだと知る。声を掛けようとした時、タイミングを計ったかのように圭介がいきなり達也の肩を抱いてキスをした。唐突で堂々とした行動に驚いて立ち止まる。達也は一瞬だけ抵抗を見せたが、圭介が無理やり続けるのでおとなしく受け入れている。雅久は目が離せなかった。初めて見る他人のキス、しかも男同士。好奇心にも嫌悪にも取れる複雑な打撃だった。圭介にキスをされている達也は、雅久と二人の時には絶対に見ることのない恍惚とした表情で、見ているこっちが赤面する。圭介と目が合い、牽制されたのだと気付くと雅久はすぐに逃げ去った。

 心臓がバクバクと音を立てているのは走ったからなのか。顔が耳まで熱いのは夏が近いからなのか。胸の奥がチリチリと焼けるのは、思いがけないものを見たからなのか。

 雅久は個室のシャワールームへ駆け込んだ。自分の体の異変に二度目のショックを受ける。頭を冷やすために冷たいシャワーを浴びた。目を瞑ると、いつも見る無垢な笑顔の達也と、圭介にキスをされてうっとりしている達也のふたつの顔が交互に映し出された。

 あのあと、どうする?
 同じ家に帰って、服を脱がせ合うのか? 
 激しいキスをしながら体中を触ったり?
 あの細くて白い体に跡をつけたり?
 なんでこんなに興奮してるんだ、おかしいだろ!

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