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達也と圭介2

 それから圭介と仲良くなったのかと聞かれれば、そうでもなかった。記憶のどこかで「風邪が治ったらサッカーを教えてやる」と言われた気がするが、圭介からサッカーを教わることは一度もなかった。ただ、マンションで会うと立ち止まって話をすることはあった。今日のテストは難しかったとか、先生に怒られたとか、他愛のないことだ。たいした友人のいない達也にとっては、それが唯一の楽しみだった。

 達也と圭介が花見に行ったのは、小学校の卒業式を終えた翌日のことだ。知らぬ間に友情を育んでいた母親同士が約束をとりつけたらしかった。本人たちがそこまで深い関わりがない中で、いきなり家族ぐるみで出掛けるのは正直言って気まずい。案の定、圭介は暇ができるとひとりでどこかに消えてしまった。

「お母さん、圭介くんは?」

「あら? さっきまでいたと思うんだけど」

 満開の桜の木を囲むのは、うんざりするほどの人の波。達也は圭介を探しに公園から山懐の滝へ続く遊歩道を進んだ。道の両側には桜の木が沿って植えられており、所狭しと咲き乱れた桜が方々から頭上を埋め尽くす。ちらほらと花びらが落ちてくるのに心が踊らされた。空気がひやりとしてきて水の音が近くなる。遊歩道を抜けると東屋があり、そこに圭介がいた。圭介は何をするでもなくベンチに座って右足をぶらぶら揺らしていた。

「何してるの」

「なんかしてるように見えるか? 食い終わったのかよ。お前、飯食うのも遅いな」

「お母さんたち、話し込んじゃって当分帰れそうにないね」

「あーあ、サッカーでもできればいいのに。こんなに人が多いんじゃ、なんにもできない」

「僕が運動の相手になれればいいんだけど。ごめんね、なんの取柄もない奴で」

 圭介がふいに達也の顔を覗き込んだ。

「なに?」

「モヤシっ子」

「もともと色素が薄いんだ」

「でも髪は真っ黒。俺も黒いけど。達也はサラサラ」

 そう言って圭介は達也の前髪に触れた。

「……中学でもサッカーするの?」

「今のクラブで続けるんなら部活は入らないから。達也はどうすんの」

「せっかくだから運動部入って鍛えようかな。男らしくなりたいんだ」

「男らしい達也とか、きも」

 遊歩道から圭介の母親が「けいちゃん、たっちゃん」と呼んだ。「けいちゃん」と呼ばれることに抵抗があるのか、圭介は眉を顰めて舌打ちをした。達也はそんな圭介が可愛らしく思えて、初めて彼をからかった。

「行こうよ、けいちゃん」

「うるさい、今度言ったら殴る」

「中学で一緒のクラスになれるかな」

「さあな」

「たまには話してくれる?」

「まあな」

中学では達也の希望は叶わず、クラスは離れた。意図せずとも校内でふたりが関わることはなかったが、マンションで会うと立ち止まって雑談をするのは相変わらずだった。別にそれが決まり事だったわけではない。ただなんとなく、達也の一方的な我儘とも言える約束を守ってくれているのだと思った。まだ本人ですら自覚のない、簡単に友情と認識されがちの、ほんの小さな恋心だった。

 ***

 定時を既に二時間過ぎている。まだ仕事は山ほど残っているが、圭介がもう家に帰っている頃だ。達也は区切りのいいところで先に退社することを断ってから席を立った。エレベーターに乗り込む直前、同じ経理課の先輩が達也を呼び止めた。

「あー小野寺、待って! 帰るの!?」

「はい、すみません。忙しい時期に。お先に失礼します」

「じゃ、なくて。飲み会来ないの? 本決算がんばろう会」

「行きたいんですけど、どうしても帰らなきゃいけない用事があるんです。僕のぶんまで楽しんで来てください」

「そっか。カノジョと約束?」

 冷やかした言い方だったので、「そんなところです」と適当にあしらった。
 達也はそれなりに名の知れた不動産建設会社の経理課で勤めている。全国に支店と子会社を構えており、単体は勿論、連結決算も達也のいる本社経理課が主となって行う。月次、中間、四半期、中でもこれから迎える本決算は一年の中でも最も多忙を極める時期だ。入社してすぐ経理課に配属されて五年目。達也も立派な戦力となり、任される仕事が増えたのは有難いことではあるが、いくら繁忙期でも仕事だけにかまけるわけにはいかなかった。

 快速列車に乗って最寄駅に着いた時には腕時計の針は八時半を指していた。帰り道のスーパーで食材を調達し、自宅へ急ぐ。
 オートロック付きの2LDK賃貸マンションが達也の住まいだ。圭介の左足が不自由になってから、彼の身辺の世話をしやすいように半年前に越した。家賃は少々高めだが、圭介とシェアしているため半分の値で済んでいる。また、男二人だと生活も質素なので物は少なく、少々掃除を怠ったところでたいして気にならない。だが、今日はさすがに夕飯を終えたら部屋の片付けをしなければいけない。ここ二週間ほどまともに片していないせいで、白いフローリングに落ちている埃が目立つ。

「ただいま、圭介。遅くなってごめん」

 リビングの戸を開けると、テレビを点けっぱなしでソファでうたた寝をしている圭介の姿があった。起こすまいと忍び足でキッチンへ向かうが、気配を感じたのか圭介が目を開けた。

「……おう」

「起こした? ごめんね。今から作るから。カレーでいい?」

「奇遇だな。俺もカレーが食いたくてね。作っといたぜ」

「え? 圭介が?」

 達也は鍋の蓋を取り、出来立てのカレーの香りを鼻から吸い込んだ。野菜の切り方は粗いが、人の作った料理の匂いを嗅ぐことに幸福感を覚える。普段することのない人間が作ったものだと尚更だ。

 体の自由不自由関係なく、圭介は自ら好んで家事はしない。学生時代も外食に頼りがちの圭介の健康を案じて、しょっちゅう達也が炊事をしにアパートを訪ねたものだ。その甲斐あってか家事をするのは嫌じゃない。少々仕事が忙しくても、要領よく時短することを覚えた。ただ、圭介の片足での生活はまだ不慣れなため、入浴や着替えなどで手助けをすることが多々ある。達也がいないあいだに怪我をするのではという心配もあった。なるべく圭介の傍にいて助けてやりたい。それが達也が残業や飲み会を避けたがる理由だった。

「先に食べる? お風呂入れようか?」

「んー……、それより、こっちに来いよ」

 圭介は自身が座っているソファへ誘った。意味ありげな含み笑いは何かを企んでいる証拠だ。達也はその企みを承知した上で従った。傍まで寄ると、腰を下ろす前に手首を引かれて圭介に被さった。圭介の手が達也の細い髪をくぐり、耳にキスをする。

「しようぜ」

「……でも、僕、汗かいてるし……」

「俺もだ。もうひと汗かいてから一緒にシャワーして、それから飯食おう」

 まだ了承していないのに、圭介は達也のシャツをめくり、直に背中を撫でた。まんべんなく手が這う。人差し指で筋をなぞられると、達也は思わず声を漏らした。

「昨日、結局できなかったからヤリたくて仕方ねぇんだよ。……脱げよ」

 達也は体を離すと、圭介の太腿にまたがったままスーツを順に脱いでいった。「下も」と言われて、いったん降りる。下着だけの姿になったところで、また膝の上へいざなわれた。圭介はむき出しになった達也の体を見上げ、口元に笑みを残しながら胸に触れる。両胸の先端を指で軽く撫でると膨らみを見せた。

「俺はさ、お前が反応するのをこうやって下から眺めるのが一番楽しい」

「んっ……」

「もうだいぶキツそうだな。疲れてんのか」

「だ、いじょぶ……。下着、取っていい……?」

「ああ、全部見せろ」

 早くも滲んでしまった下着を脱ぎ捨てると、達也は圭介の衣服を剥がしていった。圭介のものも存在感が増している。チノパンをずらすと勢いよく姿を現した。達也は迷うことなくそれを口に含んだ。亀頭から根本まで丁寧に舌をからめ、足の付け根から袋の裏までも舐めていく。圭介から熱い息が漏れると、もっとしてやりたいと思った。

「達也、こっちに尻向けろ。俺もしてやる」

「それ、……苦手」

「今更何言ってんだよ。さっさとしろ」

 言われて達也は圭介のものを握ったまま、体勢を変えた。達也は指を軽く舐めたあと、達也の後孔を探った。もう何度もしている行為だ。達也の反応する箇所はほぼ心得ている。

「はぁ……あ、っ……」

「おい、口がお留守だぜ」

「ん、……だって、あっ」

「しょうがねぇな。お前は本当に弱いところが多くて参るよ」

「そういうとこばっかり触るのは……圭介、だろ……」

「初めてした時もいきなりコレだったんだよな。覚えてるか」

「ん、ぅん……」

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