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朝倉 雄大1

 ガキは嫌いだ。
 うるさいし、気まぐれだし、わがままだし、すぐ泣くし。
 保育士とかやってる人の気が知れない。
 結婚しても子どもが欲しいと思わない。
 そう、ガキは本当に嫌いなんだ。
 だから俺は、小児科医になんて絶対になりたくない。

「朝倉雄大です。二ヵ月間、お世話になります」

「よろしく、朝倉くん。分からないことがあれば諸先輩に聞いて、一緒に勉強して行こう。きみのオーベンは……」

 ドアをガチャリと開けて、飛び込んできたひとりの医師。

「遅れてすみません」

「飯島先生に任せようかな」

 額に汗を滲ませて、軽く息を切らせながら、その医師は歯磨き粉のCMみたいな爽やかな笑顔で言った。

「よろしくお願いします、朝倉『先生』」

 ――最悪だ。
 田舎の総合病院、小児科、若いオーベン、一体ここで何を教わるっていうんだ。
 ローテートでなければ絶対に来ない。
 俺は、外科医になりたいんだ。

***

「―—じゃあ僕の後輩になるんですね」
 
 医局で事務作業をしながら、飯島先生と雑談していた。
 どうやら先生とは大学が同じのようだ。
 共通点があると話が弾むもので、大学の実習はああだった、教授はこうだったとか、そんな内部事情で盛り上がった。
 話をしながら飯島先生が作成中のサマリーをちらちらと見る。
 何を書いているかまでは分からないが、すごく詳しく書いている、というのは分かった。

「午後の外来、俺も行くんですよね?」

「もちろん。朝倉先生は何科に行くか決めてるんですか?」

「まあ、はい」

 飯島先生は少し驚いたような顔で「あ、そうなんだ」と言った。
 「決めていない」と言ったら、小児科を勧めるつもりだったのだろう。

「ブラックジャックに憧れてるんすよ」

「外科か。けっこう、いますね。そういう人」

「俺、子ども苦手だし、小児科は向いてないと思うんです」

激務のわりに給料は低いし。

「でも子どもを切ることだってありますよ」

「眠ってますから」

 飯島先生は微かに眉をひそめたが、時計に目をやると「行きましょうか」と笑顔を見せた。

 ――ふん、余裕ぶって。

 先生に付いて出口に向かう。
 ふいに足を止めた飯島先生は、俺に振り返ってわざとらしく言った。

「ブラックジャックは子どもの味方ですよね」

 30の医師なんて、まだペーペーも同然だ。
 歯科医の従兄が29で実家の医院を継いで、毎日毎日「どうしよう、こうしようか」と治療方針に悩んでいたのを見てきた。どうせ小児科医だって同じだ。
 ……そりゃあ、まだ研修中の俺はそれより劣ることくらいは自覚している。
 だからこそ、せめてベテラン医師に付きたかったのに若造医師に馬鹿にされるなんて、本当にもうやってられない。

***

『若造っていっても、お前より五つ上だろ?』

「そうだけどさ……」

 研修一日目にして、電話で友達に愚痴をこぼしている。

『で、そのオーベンに付いて外来行ったんだろ? どうだった?』

「あんなの医者の仕事じゃないよ」

 予防接種と健診の時間帯だったので、飯島先生が注射をするのを横で見ていただけだ。
 聴診器を当てたり、触診をしたくらいで、ギャーギャー泣き喚くガキを引きつる笑顔であやした。しかも泣き止まないし。むしろ余計泣くし。
 看護師に「ほら、アンパンマンのぬいぐるみ使って!」とか言われたが、

「は、はーい、僕、アンパンマン~」

 とか言ったところで、「フン!それはアンパンマンじゃないよ!カレーパンマンだよ!」とか言われて親にはクスクス笑われるし、本当に最悪の一日だった。

 アンパンだろうがカレーパンだろうが、パンはパンだろうが。

『ま、二ヵ月の辛抱だし、お互い頑張ろうぜ!』

 お前はいいよな、ベテラン医師がオーベンだっていうんだから、と皮肉を言って電話を切った。

「明日の外来もうるさいんだろうなー……」


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