GUILTY番外編3【R】
―――
それから一週間、またもや菅野からの連絡はなく、相変わらず仕事にかまけたり島村と飲み歩いたりと色気のない日々を過ごした。あいつはあいつで知らないところで苦労している。そう思うと電話のひとつもないことに腹も立たなくなった。
そして午後十時頃に仕事を終えた金曜日の夜、唐突に思い立って菅野のマンションを訪ねた。インターホンを鳴らしても応答がないので、まだ帰っていないのだろう。俺はコンビニで買っておいたパンとコーヒーを食べながら部屋の前で待った。一時間ほど経って、もしかしたら帰って来ないかもしれないと思い始めた頃、足音が聞こえた。
「張り込みか?」
「そんなところです」
菅野の茶色のローファーはつま先がところどころ傷んでいて、砂埃で汚れている。左手には俺が先ほど寄ったコンビニと同じ袋の弁当を提げていた。
なぜだか急にやるせなくなった。もしかしたら、こいつも侘びしい毎日を送っていたかもしれない。朝から晩まで仕事をして、空いた時間に空腹を満たすだけの食事を摂る。寝て起きたら、また仕事に向かう。……靴が汚れていることにも気付かずに。
たぶん俺たちはどっちも不器用で素直じゃないから、いつまで経っても相手の出方を探っている。甘ったるい台詞は言うのも言われるのも好きではないが、それでもたまには口に出さなければ伝わらない。
「お前から出向くとは珍しいな。金なら貸さんぞ」
「金を借りに来たんじゃないですよ。……俺をなんだと思ってるんすか」
「馬鹿でドジのど阿呆鈍間主任」
「増えてるし」
菅野がガチャガチャと鍵を回す。
「で、なんの用だ」
「……会いに来ただけです」
「なんの用で」
「別に用は……、会いたかっただけ、です」
ドアノブに掛けた菅野の手が一瞬、止まった。が、特に反応はない。菅野も俺と同じで色気のある雰囲気や言葉は好まないはずだ。引いているのだろうか、と後悔した時、いきなり腕を掴まれて部屋の中に押し込まれた。靴を脱ぎ散らかして電気も点けずにリビングに入ると、革のソファに投げ飛ばされる。エスコートしろとまでは言わないが、もっと他にやり方があるだろう。抗議しようと開いた口は獣の口に覆われた。生暖かい唾液に煙草の味、上顎から下顎、喉まで這いまわる舌。待ち望んだ感触に、すぐに堕ちてしまった。唇を貪りながら忙しない手つきでネクタイ、スーツのジャケットと脱ぎ落し、菅野はほぼ引きちぎるように俺のシャツの前を開いた。開放的になった胸に熱い手の平が乗る。左胸をさすったあと、先端をいきなりつねってきた。
「……んぅっ」
菅野の指はしつこく乳首を弄る。それもまた乱暴な指使いだ。引っ張ったり爪を立てたり、弾いたりする。少し痛いくらいの刺激がストレートに下腹部に与えられ、溜まった欲求不満を早く解放したいと訴えてか、俺の下半身はあっという間に主張した。
「あ、……っ、か、菅野さ、……いた、痛い……」
スラックスを下ろして直に握られると大袈裟に反応してしまう。
「んんっ、はあ、はあっ……あ、」
「溜まりすぎだろ。……俺もだけどな」
目の前で惜しげもなくさらけ出される菅野のそれは、完全に上を向いて興奮していた。生唾を飲む。
――早く欲しい……。
俺の欲求を察した菅野が鼻で笑った。
「待て、一回抜くぞ。手でやんのは痛ぇだろ」
そう言って菅野は仰向けになった俺の顔を跨いで、俺を、咥えた。必然的に菅野のものを咥える形となり、互いに張り詰めすぎた熱を出してやるために、舌と唇を駆使して愛撫する。口の中の菅野は脈を打っていて、熱くて硬い。含み切れないので亀頭に唇を引っ掻けて手で軽く竿をシゴいた。同様に俺も菅野に攻められ、先端から根本に向かって一気にスライドした時、あっさり耐え切れずに放ってしまった。同時に菅野も達したらしいが、イッた瞬間に口を離してしまったので、受け止めきれずに顔に掛かった。量も匂いも濃くて、菅野も相当溜まっていたのだと分かる。
「なかなかいい光景じゃねーか」
「……変態」
大量の精を出したにも関わらず欲はまだ治まらない。かろうじて羽織っていたシャツを脱ぎ捨てると、完全に無防備になった俺たちはソファの上でしがみ付き合った。久々に感じる菅野の体温と匂いに、何をされるでもないのに心臓がドキドキ音を立てている。両腕と両脚を菅野に絡ませて、こちらから首や胸を舐めて吸い付いた。
「積極的だな」
「……我慢してたんすよ」
「このあいだは直前でお預け食らったからな」
「それより前から、俺は早くしたかった。でも全然連絡くれないし、やっときたと思ったら『ヤリてぇから来い』だけだし」
「お前だってなんにも言ってこねーじゃねぇか」
「だから言おうと思ったんすよ」
「言ってみろ」
「早くヤリたい」
「俺と変わらねーだろうが」
そして菅野は首に回している俺の両腕を解くと、ソファに押し付けて動けなくした。
「そんな猫みたいな舐め方じゃ、中々俺は食えねぇぜ」
そう言って俺の首に噛みつく。
「いっ……て……!」
くっきり歯型の入った跡を舐め、そのまま舌は鎖骨や胸を這い、乳首にも食い付いた。上下左右に転がし、舌先で押し潰して吸い上げる。それを両方されたあと、再び指で弄り倒しながら、菅野の舌は首筋へ戻った。
「あ、あっ……な、なんでそっちばっか……、んんっ」
「溜まってたんだろ? ヤリたくてしょうがねんだろ? 全部食ってやるよ」
菅野の舌は耳の裏から肩まで、噛んだり跡を付けたりしながら何度も往復した。しかもご丁寧に両サイドだ。その間、手は片時も休むことなく脇から腰にかけてを撫で回し、あるいは胸をくすぐり、でもわざとなのか下半身には触ってくれない。もどかしくてうずうずして、俺のものは早くも期待で膨らんでいた。菅野の腹に当たっているので気付いているはずなのに、あえて触れない。自分から菅野の頭を引き寄せてキスをする。口内で喧嘩する舌と舌。ちょっとだけ離して「早く」と急かしたが、
「まあ、待て」
と、焦らされた。菅野の手の平が腰から内腿へ侵入する。「ああ、やっとだ」と思ったら、またもや肝心な場所を避けて周辺を撫でた。ここまできて焦らされるなんて拷問だ、と、だんだん泣けてくる。
「か、菅野さ、早く、はやく触って……」
「さっき出したのに、もう我慢汁出てんな。そんなに欲しいか」
「だ、だってわざと……」
「せっかく可愛がってやってんのによ」
もう耐え切れなくて自分で触ろうと手を伸ばしたら、手首を掴まれて止められる。
「鬼、」
「ヤリたくて仕方ねぇってか。いいツラだ」
菅野は俺の口に人差し指と中指を突っ込んだ。無我夢中でその指にしゃぶりつく。たぶん相当馬鹿みたいな顔をしているはずだ。それでも俺がこれをすると菅野はニヤニヤと笑いながら欲情させるのだ。菅野の指を吸いながら、菅野の憐れむような、見下すような、どこか切なげで野獣のような熱視線に釘付けになる。ある程度満足して指を抜くと、そこからは早かった。もう先走りが溢れているそれをいきなり無遠慮に揉みだした。散々焦らされたあとでの不意打ちなので、いつも以上に敏感だ。
「んあぁっ、あ、はぁ……っ、ん」
「どうよ。焦らされてからシゴかれたほうが、数倍イイだろ」
「んっ、ぅん……っ、きもち、い……っ、あ、イキたい……っ、」
「はえぇな」
「だっ、て……あ、かんの、さ……っ、イキたい、イキたいぃっ」
「イけ」
乱暴ながらも絶妙な力加減で一気にスピードを上げ、あっという間に二度目の絶頂を迎えた。一度目ほどの量ではないが、勢いがあったので菅野の頬に掛かったらしかった。
「あ……ぅ、ごめ、……さ……」
菅野は頬についた俺の白濁液を舐めとる。
「まだまだイケるだろ。今度はこっちでイカせてやろうか」
両膝裏をぐいっと抱えられて、丸見えになった後ろにいきなり指を二本突っ込んだ。グリグリ掻き回しながら真っ先に前立腺を探り当てる。
「ああぁあっ、待っ……、いきなり、しないでッ……」
「ちょっとキツいけど、すぐ慣れるだろ。なんだ、自分でもやってなかったのか?」
そして耳元まで顔を近付けて、囁く。
「余所見もしないで大人しく俺に抱かれるまで我慢してたか」
「んんぅ、あ、あ……だめ、いた……い」
「可愛いじゃねーか」
と、言って前立腺をぐっと押される。
「はぅああっ、あんん……! そんな、したら、……っ」
「したら?」
「イカれるっ」
「イカれろ」
ズッと指を抜いたとかと思えば、すかさず菅野の勇猛な雄が押し込まれた。
「うぁっ、やっ……あぁああ」
さすがに奥までは一度では入りきらなかったようで、少しずつ、でも強引に、押し進めて来る。いつのまにこんなに硬くなっていたのか、体いっぱいに感じる菅野が熱くて痛くて、なにより隙間なくフィットするのがたまらなく気持ちいい。しかも弱点を知り尽くされているので、ズレることなく刺激してくる。
「ひぁっ、あ、……っ。そこ、そこ、もっとしてっ」
望んでいるところをピンポイントで突かれ、頭の中は快感で真っ白になって何も考えられなかった。ただただ「もっと欲しい」と訴えた。ぼんやりする視界の中で唯一映っているのは、汗を流して息を荒くしている、切羽詰まった菅野の顔。
汗の匂い、雄の匂い、熱い息、割れた腹筋……。引き締まった逞しい両腕が背中に回り、体を密着させる。激しいピストンの中で深く唇を奪われて、もう脳みそが溶けそうだ。
「んんっ、ふ、……はぁっ……、こ、すけ……、こうすけ、さ……っ、んっ」
夢中で菅野の名前を呼び続けた。菅野はそれに対して何も言わないが、代わりに首や頬や、耳、唇に噛みついてキスをすることで俺に応えた。俺のものはぐにゃりと項垂れているのに、透明の液体がとろとろ溢れていて、どうやら絶頂の更に上を行ったらしかった。
俺はたぶん、もう菅野以外とはセックスできない。したとしても、これほどの快感は得られないだろう。できれば菅野も同じであって欲しい。あんなに大嫌いだったのに、いつの間にこんなに惹かれたのか、セックスをする度に菅野に覚醒剤だかヘロインだか、麻薬でも入れているとしか思えない。
――イカれてもいいか……。
そんなことを思った直後に、菅野が思いきり打ち込んだ。
広がる熱、溢れる精、震える体、――また、ヤラれた……。
―――
小さく聞こえるテレビの音を聞きながら寝たフリをしていた。どうやらバラエティを観ているらしい。菅野がバラエティを観て笑ったりする姿を想像すると恐ろしく不気味だ。けれどもそんな姿も見てみたいと、少しだけ噴き出してしまう。ちょっとした息遣いがバレて、被っていたブランケットを剥がされた。
「何、笑ってやがる」
「バレました?」
ソファから引きずり降ろされると、床に倒された。煙草を口から外した菅野が唇を被せてくる。煙草の味に咳込んだ。
「俺が副流煙で死んだらどうしてくれます?」
「肺癌家系か?」
「違いますけど」
「なら大丈夫だ」
「なんで」
「病気は環境的要因より遺伝的要因で起こる確率が圧倒的に高い。どんなに煙草を吸っても遺伝的に肺癌になるリスクがないなら癌になる確率は低い。逆に全然吸ってなくても癌になる奴はなる」
「遺伝なんて、じゃあ生まれた瞬間から決まってるじゃないですか」
「そういうこった。既に研究結果で分かってんだよ」
「フーン。……夢も希望もないっすね」
「病気や体質だけじゃねぇけど、この世のすべては最初っから決まってんのかもな」
「……事故とかも?」
「『おっちょこちょい遺伝子』ってのがあるくらいだからな。そうかもな」
「なんすか、それ」
「よくいるだろ、なんにもねぇとこでズッコケる奴。あれも『おっちょこちょい遺伝子』っつー遺伝のせいなんだよ。まあ、それを知ってれば、気を付けたり自分なりに対策はできるだろうがな」
「なんかヤダなぁ、決められてんの」
俺の顔にハーッと煙草の煙を吐きかけてきたので、また大袈裟に咳込んだ。傍らで涼しい顔をしている菅野はテレビに目を向けながら言った。
「心配すんな。お前が死んだら俺も死んでやるよ」
「後追い自殺とかやめて下さい」
「可愛くねぇ、これ以上の求愛はねぇだろ」
菅野の口から「求愛」という言葉が出てくるとは思わず、声を出して笑ってしまった。それを怪訝に見つめてくるのがまたオカシイ。
「ちょっとでも愛があるなら、暴力はやめて下さいよ」
「誰がいつ暴力を振るったよ」
真面目な顔で言うのが恐ろしいところだ。
「すぐ殴るし、髪の毛やら首やら掴むし。手荒すぎなんすよ」
「なんでかな、お前を見てると乱暴にしたくなるんだ」
菅野は新しい煙草に火を点けて、悪びれもなく言う。確かに優しい菅野は気味が悪いけれど。暫く俺たちのあいだに沈黙が流れたが、それを救ったのはテレビのバラエティだった。
寝転んだままの俺は、下から煙草を吸いながらテレビを見る菅野をずっと眺めていた。笑い声が立つ場面でも口角ひとつ上げない。そしておもむろに口を開く。
「俺がなんでお前を手荒に扱うか分かるか」
「分かりません」
「そもそも、俺が手荒にするのはお前だけだ」
「だから」
「可愛さ余って憎さ百倍ってやつだよ」
「……よく分かりません」
わざととぼけてみせたら、菅野は舌打ちをしていきなり俺の股間を掴んだ。
「いった!」
「てめぇはつくづく生意気だな。そんな物分かりが悪いなら分かるまで痛い目に遭わせてやるよ」
「わ、ぁっ、ちょ……揉むな、ぁ」
「まだイケるんだろ」
「もう出ないっすよ!」
「俺はまだまだいけるぜ」
俺に拒否権なんかない。そしてバラエティ番組の笑い声の中で、俺はまた泣かされるのだった。
***
「ははは長谷川た、たかし、せ、せ、窃盗の容疑でた、たた、」
「午前十一時四十六分、長谷川隆、窃盗の容疑で逮捕ね」
大人しく現実を受け入れた被疑者は、抵抗することなく両手を差し出した。手錠をかけろと目配せすると、島村が指を震わせながら男の手首に手錠を掛けた。
「はー……、すみません野田さん……どうもこう……手錠を掛ける瞬間って緊張しちゃって」
「島村はいつだって緊張してるじゃん」
「そうなんですけどね。ほら、手錠を掛けると、その人の人生ってそれまでと一転しちゃうわけでしょ。そりゃ念入りに捜査を重ねた上での逮捕だからそれが正解なんでしょうけど、万が一、誤認だったらって考えると怖いですよね」
「それは刑事だけじゃないからな」
「僕は一人前の刑事になれるんでしょうか……」
「なれるだろ。とりあえず、かっこつかないから逮捕の瞬間くらいキメようぜ。じゃ、とりあえず今日のやつは、あとは島村に任せた」
「えー……」
「『えー』じゃねーよ! いい加減ひとりでやれ! 俺だっていちいち呼び出されたくねぇわ!!」
島村にすべて押し付け、刑事課に戻ると、俺の席には何故か菅野が座っていた。
「鈍間主任、今日の成果は」
「窃盗二件、死体遺棄一件です。なんでここにいるんすか」
「たまには所轄の見回りもしねぇとな」
と、言いつつ、たぶん今は仕事が落ち着いていて暇なのだろう。俺はそれに遠回しに答えた。
「俺は暇じゃないですよ」
「誰が暇人だ」
菅野は立ち上がるとスリ顔負けの素早さで俺のポケットから警察手帳を盗み取った。ひらひらとチラつかせながら部屋を出る。そのまま署を出て駐車場まで追いかけた。「返せ」「泥棒」と罵るが、菅野は振り返らない。黒のハリアーの前まで来てようやく立ち止まり、手帳を差し出されたかと思いきや、手首を掴んで引き寄せられ、堂々と気後れのないキスをしてきた。
「ちょくちょく顔出さねぇと拗ねる奴がいるからな」
「……誰がっ、拗ねてるんですか」
「お前以外にいるか? しかもこっちから誘い出さねぇと素直になれない捻くれ者ときた。また欲求不満で八つ当たりされて仕事でミスされたら困るからな。危なっかしくて見てられん」
「次は慎重に動きますよっ」
菅野が頭上に掲げた警察手帳に手を伸ばすが、届かない。
「どうだかな。やっぱりお前は俺が見張っとかねぇと駄目みたいだ。今度の金曜日、野田に有休を使わせてやってくれって署長に頼んでおいた。金、土、日は足伸ばすぞ」
「どっか行くんですか?」
珍しいこともあるもんだと一瞬だけ期待したのも束の間、
「スリ常習犯『ケツパーてっちゃん』張り込み捜査、電車の旅三日間だ」
「……どうせそんなこったろうと思いましたよ」
「夜は期待していいと思うぜ」
うろたえた隙に、菅野は俺のスラックスのポケットに警察手帳を押し込んだ。そして首をひと噛みして車に乗り込む。俺はきっと一生、この男に振り回されるのだろう。
黒いスモークガラスの向こうで不敵に笑って走り去っていく菅野を、俺は少しだけ綻んだ口元を噛みしめながら見送った。
END
NUHKA様より☆

それから一週間、またもや菅野からの連絡はなく、相変わらず仕事にかまけたり島村と飲み歩いたりと色気のない日々を過ごした。あいつはあいつで知らないところで苦労している。そう思うと電話のひとつもないことに腹も立たなくなった。
そして午後十時頃に仕事を終えた金曜日の夜、唐突に思い立って菅野のマンションを訪ねた。インターホンを鳴らしても応答がないので、まだ帰っていないのだろう。俺はコンビニで買っておいたパンとコーヒーを食べながら部屋の前で待った。一時間ほど経って、もしかしたら帰って来ないかもしれないと思い始めた頃、足音が聞こえた。
「張り込みか?」
「そんなところです」
菅野の茶色のローファーはつま先がところどころ傷んでいて、砂埃で汚れている。左手には俺が先ほど寄ったコンビニと同じ袋の弁当を提げていた。
なぜだか急にやるせなくなった。もしかしたら、こいつも侘びしい毎日を送っていたかもしれない。朝から晩まで仕事をして、空いた時間に空腹を満たすだけの食事を摂る。寝て起きたら、また仕事に向かう。……靴が汚れていることにも気付かずに。
たぶん俺たちはどっちも不器用で素直じゃないから、いつまで経っても相手の出方を探っている。甘ったるい台詞は言うのも言われるのも好きではないが、それでもたまには口に出さなければ伝わらない。
「お前から出向くとは珍しいな。金なら貸さんぞ」
「金を借りに来たんじゃないですよ。……俺をなんだと思ってるんすか」
「馬鹿でドジのど阿呆鈍間主任」
「増えてるし」
菅野がガチャガチャと鍵を回す。
「で、なんの用だ」
「……会いに来ただけです」
「なんの用で」
「別に用は……、会いたかっただけ、です」
ドアノブに掛けた菅野の手が一瞬、止まった。が、特に反応はない。菅野も俺と同じで色気のある雰囲気や言葉は好まないはずだ。引いているのだろうか、と後悔した時、いきなり腕を掴まれて部屋の中に押し込まれた。靴を脱ぎ散らかして電気も点けずにリビングに入ると、革のソファに投げ飛ばされる。エスコートしろとまでは言わないが、もっと他にやり方があるだろう。抗議しようと開いた口は獣の口に覆われた。生暖かい唾液に煙草の味、上顎から下顎、喉まで這いまわる舌。待ち望んだ感触に、すぐに堕ちてしまった。唇を貪りながら忙しない手つきでネクタイ、スーツのジャケットと脱ぎ落し、菅野はほぼ引きちぎるように俺のシャツの前を開いた。開放的になった胸に熱い手の平が乗る。左胸をさすったあと、先端をいきなりつねってきた。
「……んぅっ」
菅野の指はしつこく乳首を弄る。それもまた乱暴な指使いだ。引っ張ったり爪を立てたり、弾いたりする。少し痛いくらいの刺激がストレートに下腹部に与えられ、溜まった欲求不満を早く解放したいと訴えてか、俺の下半身はあっという間に主張した。
「あ、……っ、か、菅野さ、……いた、痛い……」
スラックスを下ろして直に握られると大袈裟に反応してしまう。
「んんっ、はあ、はあっ……あ、」
「溜まりすぎだろ。……俺もだけどな」
目の前で惜しげもなくさらけ出される菅野のそれは、完全に上を向いて興奮していた。生唾を飲む。
――早く欲しい……。
俺の欲求を察した菅野が鼻で笑った。
「待て、一回抜くぞ。手でやんのは痛ぇだろ」
そう言って菅野は仰向けになった俺の顔を跨いで、俺を、咥えた。必然的に菅野のものを咥える形となり、互いに張り詰めすぎた熱を出してやるために、舌と唇を駆使して愛撫する。口の中の菅野は脈を打っていて、熱くて硬い。含み切れないので亀頭に唇を引っ掻けて手で軽く竿をシゴいた。同様に俺も菅野に攻められ、先端から根本に向かって一気にスライドした時、あっさり耐え切れずに放ってしまった。同時に菅野も達したらしいが、イッた瞬間に口を離してしまったので、受け止めきれずに顔に掛かった。量も匂いも濃くて、菅野も相当溜まっていたのだと分かる。
「なかなかいい光景じゃねーか」
「……変態」
大量の精を出したにも関わらず欲はまだ治まらない。かろうじて羽織っていたシャツを脱ぎ捨てると、完全に無防備になった俺たちはソファの上でしがみ付き合った。久々に感じる菅野の体温と匂いに、何をされるでもないのに心臓がドキドキ音を立てている。両腕と両脚を菅野に絡ませて、こちらから首や胸を舐めて吸い付いた。
「積極的だな」
「……我慢してたんすよ」
「このあいだは直前でお預け食らったからな」
「それより前から、俺は早くしたかった。でも全然連絡くれないし、やっときたと思ったら『ヤリてぇから来い』だけだし」
「お前だってなんにも言ってこねーじゃねぇか」
「だから言おうと思ったんすよ」
「言ってみろ」
「早くヤリたい」
「俺と変わらねーだろうが」
そして菅野は首に回している俺の両腕を解くと、ソファに押し付けて動けなくした。
「そんな猫みたいな舐め方じゃ、中々俺は食えねぇぜ」
そう言って俺の首に噛みつく。
「いっ……て……!」
くっきり歯型の入った跡を舐め、そのまま舌は鎖骨や胸を這い、乳首にも食い付いた。上下左右に転がし、舌先で押し潰して吸い上げる。それを両方されたあと、再び指で弄り倒しながら、菅野の舌は首筋へ戻った。
「あ、あっ……な、なんでそっちばっか……、んんっ」
「溜まってたんだろ? ヤリたくてしょうがねんだろ? 全部食ってやるよ」
菅野の舌は耳の裏から肩まで、噛んだり跡を付けたりしながら何度も往復した。しかもご丁寧に両サイドだ。その間、手は片時も休むことなく脇から腰にかけてを撫で回し、あるいは胸をくすぐり、でもわざとなのか下半身には触ってくれない。もどかしくてうずうずして、俺のものは早くも期待で膨らんでいた。菅野の腹に当たっているので気付いているはずなのに、あえて触れない。自分から菅野の頭を引き寄せてキスをする。口内で喧嘩する舌と舌。ちょっとだけ離して「早く」と急かしたが、
「まあ、待て」
と、焦らされた。菅野の手の平が腰から内腿へ侵入する。「ああ、やっとだ」と思ったら、またもや肝心な場所を避けて周辺を撫でた。ここまできて焦らされるなんて拷問だ、と、だんだん泣けてくる。
「か、菅野さ、早く、はやく触って……」
「さっき出したのに、もう我慢汁出てんな。そんなに欲しいか」
「だ、だってわざと……」
「せっかく可愛がってやってんのによ」
もう耐え切れなくて自分で触ろうと手を伸ばしたら、手首を掴まれて止められる。
「鬼、」
「ヤリたくて仕方ねぇってか。いいツラだ」
菅野は俺の口に人差し指と中指を突っ込んだ。無我夢中でその指にしゃぶりつく。たぶん相当馬鹿みたいな顔をしているはずだ。それでも俺がこれをすると菅野はニヤニヤと笑いながら欲情させるのだ。菅野の指を吸いながら、菅野の憐れむような、見下すような、どこか切なげで野獣のような熱視線に釘付けになる。ある程度満足して指を抜くと、そこからは早かった。もう先走りが溢れているそれをいきなり無遠慮に揉みだした。散々焦らされたあとでの不意打ちなので、いつも以上に敏感だ。
「んあぁっ、あ、はぁ……っ、ん」
「どうよ。焦らされてからシゴかれたほうが、数倍イイだろ」
「んっ、ぅん……っ、きもち、い……っ、あ、イキたい……っ、」
「はえぇな」
「だっ、て……あ、かんの、さ……っ、イキたい、イキたいぃっ」
「イけ」
乱暴ながらも絶妙な力加減で一気にスピードを上げ、あっという間に二度目の絶頂を迎えた。一度目ほどの量ではないが、勢いがあったので菅野の頬に掛かったらしかった。
「あ……ぅ、ごめ、……さ……」
菅野は頬についた俺の白濁液を舐めとる。
「まだまだイケるだろ。今度はこっちでイカせてやろうか」
両膝裏をぐいっと抱えられて、丸見えになった後ろにいきなり指を二本突っ込んだ。グリグリ掻き回しながら真っ先に前立腺を探り当てる。
「ああぁあっ、待っ……、いきなり、しないでッ……」
「ちょっとキツいけど、すぐ慣れるだろ。なんだ、自分でもやってなかったのか?」
そして耳元まで顔を近付けて、囁く。
「余所見もしないで大人しく俺に抱かれるまで我慢してたか」
「んんぅ、あ、あ……だめ、いた……い」
「可愛いじゃねーか」
と、言って前立腺をぐっと押される。
「はぅああっ、あんん……! そんな、したら、……っ」
「したら?」
「イカれるっ」
「イカれろ」
ズッと指を抜いたとかと思えば、すかさず菅野の勇猛な雄が押し込まれた。
「うぁっ、やっ……あぁああ」
さすがに奥までは一度では入りきらなかったようで、少しずつ、でも強引に、押し進めて来る。いつのまにこんなに硬くなっていたのか、体いっぱいに感じる菅野が熱くて痛くて、なにより隙間なくフィットするのがたまらなく気持ちいい。しかも弱点を知り尽くされているので、ズレることなく刺激してくる。
「ひぁっ、あ、……っ。そこ、そこ、もっとしてっ」
望んでいるところをピンポイントで突かれ、頭の中は快感で真っ白になって何も考えられなかった。ただただ「もっと欲しい」と訴えた。ぼんやりする視界の中で唯一映っているのは、汗を流して息を荒くしている、切羽詰まった菅野の顔。
汗の匂い、雄の匂い、熱い息、割れた腹筋……。引き締まった逞しい両腕が背中に回り、体を密着させる。激しいピストンの中で深く唇を奪われて、もう脳みそが溶けそうだ。
「んんっ、ふ、……はぁっ……、こ、すけ……、こうすけ、さ……っ、んっ」
夢中で菅野の名前を呼び続けた。菅野はそれに対して何も言わないが、代わりに首や頬や、耳、唇に噛みついてキスをすることで俺に応えた。俺のものはぐにゃりと項垂れているのに、透明の液体がとろとろ溢れていて、どうやら絶頂の更に上を行ったらしかった。
俺はたぶん、もう菅野以外とはセックスできない。したとしても、これほどの快感は得られないだろう。できれば菅野も同じであって欲しい。あんなに大嫌いだったのに、いつの間にこんなに惹かれたのか、セックスをする度に菅野に覚醒剤だかヘロインだか、麻薬でも入れているとしか思えない。
――イカれてもいいか……。
そんなことを思った直後に、菅野が思いきり打ち込んだ。
広がる熱、溢れる精、震える体、――また、ヤラれた……。
―――
小さく聞こえるテレビの音を聞きながら寝たフリをしていた。どうやらバラエティを観ているらしい。菅野がバラエティを観て笑ったりする姿を想像すると恐ろしく不気味だ。けれどもそんな姿も見てみたいと、少しだけ噴き出してしまう。ちょっとした息遣いがバレて、被っていたブランケットを剥がされた。
「何、笑ってやがる」
「バレました?」
ソファから引きずり降ろされると、床に倒された。煙草を口から外した菅野が唇を被せてくる。煙草の味に咳込んだ。
「俺が副流煙で死んだらどうしてくれます?」
「肺癌家系か?」
「違いますけど」
「なら大丈夫だ」
「なんで」
「病気は環境的要因より遺伝的要因で起こる確率が圧倒的に高い。どんなに煙草を吸っても遺伝的に肺癌になるリスクがないなら癌になる確率は低い。逆に全然吸ってなくても癌になる奴はなる」
「遺伝なんて、じゃあ生まれた瞬間から決まってるじゃないですか」
「そういうこった。既に研究結果で分かってんだよ」
「フーン。……夢も希望もないっすね」
「病気や体質だけじゃねぇけど、この世のすべては最初っから決まってんのかもな」
「……事故とかも?」
「『おっちょこちょい遺伝子』ってのがあるくらいだからな。そうかもな」
「なんすか、それ」
「よくいるだろ、なんにもねぇとこでズッコケる奴。あれも『おっちょこちょい遺伝子』っつー遺伝のせいなんだよ。まあ、それを知ってれば、気を付けたり自分なりに対策はできるだろうがな」
「なんかヤダなぁ、決められてんの」
俺の顔にハーッと煙草の煙を吐きかけてきたので、また大袈裟に咳込んだ。傍らで涼しい顔をしている菅野はテレビに目を向けながら言った。
「心配すんな。お前が死んだら俺も死んでやるよ」
「後追い自殺とかやめて下さい」
「可愛くねぇ、これ以上の求愛はねぇだろ」
菅野の口から「求愛」という言葉が出てくるとは思わず、声を出して笑ってしまった。それを怪訝に見つめてくるのがまたオカシイ。
「ちょっとでも愛があるなら、暴力はやめて下さいよ」
「誰がいつ暴力を振るったよ」
真面目な顔で言うのが恐ろしいところだ。
「すぐ殴るし、髪の毛やら首やら掴むし。手荒すぎなんすよ」
「なんでかな、お前を見てると乱暴にしたくなるんだ」
菅野は新しい煙草に火を点けて、悪びれもなく言う。確かに優しい菅野は気味が悪いけれど。暫く俺たちのあいだに沈黙が流れたが、それを救ったのはテレビのバラエティだった。
寝転んだままの俺は、下から煙草を吸いながらテレビを見る菅野をずっと眺めていた。笑い声が立つ場面でも口角ひとつ上げない。そしておもむろに口を開く。
「俺がなんでお前を手荒に扱うか分かるか」
「分かりません」
「そもそも、俺が手荒にするのはお前だけだ」
「だから」
「可愛さ余って憎さ百倍ってやつだよ」
「……よく分かりません」
わざととぼけてみせたら、菅野は舌打ちをしていきなり俺の股間を掴んだ。
「いった!」
「てめぇはつくづく生意気だな。そんな物分かりが悪いなら分かるまで痛い目に遭わせてやるよ」
「わ、ぁっ、ちょ……揉むな、ぁ」
「まだイケるんだろ」
「もう出ないっすよ!」
「俺はまだまだいけるぜ」
俺に拒否権なんかない。そしてバラエティ番組の笑い声の中で、俺はまた泣かされるのだった。
***
「ははは長谷川た、たかし、せ、せ、窃盗の容疑でた、たた、」
「午前十一時四十六分、長谷川隆、窃盗の容疑で逮捕ね」
大人しく現実を受け入れた被疑者は、抵抗することなく両手を差し出した。手錠をかけろと目配せすると、島村が指を震わせながら男の手首に手錠を掛けた。
「はー……、すみません野田さん……どうもこう……手錠を掛ける瞬間って緊張しちゃって」
「島村はいつだって緊張してるじゃん」
「そうなんですけどね。ほら、手錠を掛けると、その人の人生ってそれまでと一転しちゃうわけでしょ。そりゃ念入りに捜査を重ねた上での逮捕だからそれが正解なんでしょうけど、万が一、誤認だったらって考えると怖いですよね」
「それは刑事だけじゃないからな」
「僕は一人前の刑事になれるんでしょうか……」
「なれるだろ。とりあえず、かっこつかないから逮捕の瞬間くらいキメようぜ。じゃ、とりあえず今日のやつは、あとは島村に任せた」
「えー……」
「『えー』じゃねーよ! いい加減ひとりでやれ! 俺だっていちいち呼び出されたくねぇわ!!」
島村にすべて押し付け、刑事課に戻ると、俺の席には何故か菅野が座っていた。
「鈍間主任、今日の成果は」
「窃盗二件、死体遺棄一件です。なんでここにいるんすか」
「たまには所轄の見回りもしねぇとな」
と、言いつつ、たぶん今は仕事が落ち着いていて暇なのだろう。俺はそれに遠回しに答えた。
「俺は暇じゃないですよ」
「誰が暇人だ」
菅野は立ち上がるとスリ顔負けの素早さで俺のポケットから警察手帳を盗み取った。ひらひらとチラつかせながら部屋を出る。そのまま署を出て駐車場まで追いかけた。「返せ」「泥棒」と罵るが、菅野は振り返らない。黒のハリアーの前まで来てようやく立ち止まり、手帳を差し出されたかと思いきや、手首を掴んで引き寄せられ、堂々と気後れのないキスをしてきた。
「ちょくちょく顔出さねぇと拗ねる奴がいるからな」
「……誰がっ、拗ねてるんですか」
「お前以外にいるか? しかもこっちから誘い出さねぇと素直になれない捻くれ者ときた。また欲求不満で八つ当たりされて仕事でミスされたら困るからな。危なっかしくて見てられん」
「次は慎重に動きますよっ」
菅野が頭上に掲げた警察手帳に手を伸ばすが、届かない。
「どうだかな。やっぱりお前は俺が見張っとかねぇと駄目みたいだ。今度の金曜日、野田に有休を使わせてやってくれって署長に頼んでおいた。金、土、日は足伸ばすぞ」
「どっか行くんですか?」
珍しいこともあるもんだと一瞬だけ期待したのも束の間、
「スリ常習犯『ケツパーてっちゃん』張り込み捜査、電車の旅三日間だ」
「……どうせそんなこったろうと思いましたよ」
「夜は期待していいと思うぜ」
うろたえた隙に、菅野は俺のスラックスのポケットに警察手帳を押し込んだ。そして首をひと噛みして車に乗り込む。俺はきっと一生、この男に振り回されるのだろう。
黒いスモークガラスの向こうで不敵に笑って走り去っていく菅野を、俺は少しだけ綻んだ口元を噛みしめながら見送った。
END
NUHKA様より☆

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