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GUILTY番外編2

 スマートフォンが震えて、走りながら確認する。菅野だった。

『どこにいる』

「取り込み中です。指名手配中の岩村の取引現場を見つけました」

『どこで』

「駅前。でも、取引相手に邪魔されて逃げられたんで、追ってます」

 てっきり「また逃げられたのか」と罵声を浴びせられると思ったが、予想外の反応があった。

『追わんでいい』

「なんで!?」

『岩村の件は本部で捜査中だ。本部が動くまで泳がせろ』

「でも相手の男は凶器を所持してました。岩村も持ってるかもしれない。興奮してるし、大通りに出て被害でも出たら、」

『戻れ』

 菅野が所轄にいた頃は「現場はお前に任せる」と言ったくせに。ついカチンときて言ってしまった。

「本部なんか普段なんにもしねーじゃねーか!!」

 電話を切って、男を追うスピードを上げた。話をしていたせいで距離が開いてしまった。数十メートル先にいる男は交差点を曲がって港のほうへ向かう。港には廃ビルがあって、隠れるには絶好の場所だ。俺がようやく交差点を曲がった時には案の定、男はビルの非常階段を上がっていた。ここで署に連絡しようかと考えたが、どうせまた菅野(本部)がしゃしゃり出て「引き返せ」と指示するだろう。俺はそのままひとりでビルに入ることにした。
 非常階段を登るうちに、屋上から男の呻き声が聞こえた。たぶん薬が切れて苦しんでいる。声を掛けると大袈裟に肩を跳ねさせて驚いた。

「ひぃっ、なななんだよ、なんできたんだよ」

「逃げるからだろ」

「やめろやめろ俺はしらないわるくない」

「わかったから、一緒に来てくれるか?」

「おおおおおれをたたた逮捕するのか」

「とりあえず話聞かせろ」

「ちちちがう、俺はおど、おど、脅されて」

「誰に」

「ししし知り合いから一度だけ買っただけで……それから、おどおど脅されてヤクザに」

 すると直後に背後からパアン! と銃声が響き、男が倒れた。

「おい!」 

 急所は外れているらしく、男は右肩を押さえている。振り返ると拳銃を構えた、いかつくてごついチンピラが立っていた。

「てめェ、バレたら自殺しろっつったろが!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいい」

「ポリか」

「今すぐ銃を下ろせ。こいつが覚醒剤取締法違反で指名手配になってるのも、お前がこいつと関わりがあるのも知ってる。素直に署に同行すれば傷害の罪は見逃してやる」

「お前とそいつを殺せばなんら問題ねぇわ」

 そしてチンピラはこちらに銃を構える。

「どうせ警察は撃てねぇんだろ」

 引き金に指を掛けた瞬間、俺は素早くホルスターから銃を抜き、チンピラの両脚に二発撃ち込んだ。寸秒遅ければこっちが死んでいただろう。チンピラは床に倒れ込み、手から拳銃をこぼした。

「最近の警察は撃てるんだ」

 隣で痛い痛いと騒いでいる男の右肩にネクタイを縛ってやる。洟も涙も流し放題の男はあまりに情けない。こんな奴が指名手配なのかと呆れてしまうほどだ。

「病院には連れてってやるから泣くな!!」

 チンピラが起き上がる前に凶器を奪わなければならない。俺が走り出すと同時にチンピラが体を引き摺りながら転がっている拳銃に手を伸ばした。あと少しのところで先に取られてしまい、間近で銃口を向けられる。

 ――撃たれる!

 咄嗟に死を覚悟してギュッと目を瞑った時、―――銃声が響いた。
 フロアにこだまする銃声の名残、硝煙の匂い。
……が、痛くも痒くもない。ゆっくり目を開けるとチンピラが手首から血を流して倒れていた。銃弾を放ったのは、

「か、菅野、さん」

 煙草を咥えた涼しい顔をしたまま、銃を構えている。そして煙草を外すと、

「確保ォ!!」

 本部の機動捜査隊が一気に突入してきた。大勢が被疑者二人を囲み、あっという間に連行していく。俺はその様子を茫然と眺めていた。
 嵐が去って、再びビルのフロアが静まった。残されたのは俺と菅野だけだ。遠くからでも菅野に睨まれるだけで背筋がビリビリ痺れる。犯罪者も暴力団も、たぶんこの男に敵う奴はいないんじゃないかと思う。菅野がつかつかと向かってきて、目の前に立つと右手を大きく振り上げた。左頬に強烈な平手打ちを食らったあと、胸ぐらを持ち上げられて大口で唇を被せられた。そして下唇を思い切り噛まれる。

「いッ……!!」

「てめー、あとでブッ殺すからな」

 それだけ言い残して、菅野は先に立ち去った。

 ***

「ねぇ野田くん、どうしてそんな勝手な真似したのよォ。山本部長がカンカンなんだけどぉ」

 扇子を閉じたり開いたりしながら、緑茶を飲みながら、そして頬杖をついて署長がタラタラと説教する。

「菅野くんに追っちゃ駄目って言われたんでしょ?」

「……追ってはいけない理由をはっきり聞かされていなかったので」

「本部が捜査してるって言ってたんでしょー?」

「でも、薬で興奮状態の被疑者を逃がすのは危険だと判断しました」

「でもねェ」

「署長、コイツには俺から言って聞かせます」

 いつの間に現れたのか、すぐ後ろに菅野がいた。まるで猫をつまみ上げるかのように俺の後襟を引っ張っていく。取調室に二人きりで閉じ込められると、すかさず菅野の鉄拳が飛んでくる。咄嗟に腕でガードしたものの衝撃は凄まじく、大きな音を立ててテーブルに突っ込んだ。部屋の外にいる島村が「何事ですか!?」と叫んでいる。

「なんで俺の言うこと聞かなかった、あぁ!?」

「『追うな』だけじゃ納得できなかった。それだけです」

「防弾着も着てねぇ、無線も持ってねぇ、スマホは繋がらねぇ、武器を持った犯罪者、俺がGPSで追わなかったら、てめぇ今頃地獄だぞ」

「せめて『あの世』って言って下さい」

 菅野は倒れたパイプ椅子を戻すと、俺の襟を引っ張って椅子に座らせた。なんで俺への扱いが、こうもいちいち乱暴なのか。

「単独で動くなってあれだけ言ったのにまだ分かんねぇか」

「あの場合は単独でも仕方なかった」

「岩村が駅前で覚醒剤の売買をするのは本部も知ってた」

 菅野は煙草を吸いながら淡々と続ける。

「本部の人間が何日もあいつを尾けてたんだよ。あの日もそうだ」

「近くにいたんですか」

「あいつには近々、曽川組と取引する予定があった。その現場を押さえるつもりだったんだ。それまでは尾行しつつ、取引相手を片っ端からパクッて、岩村は暫く泳がせることになってた。まさかお前と島村が岩村に接触すると思わなかった」

「俺らはあの日、駅前で不良が騒いでるからって通報を受けて、……あ」

「パトライトチカチカさせてんのが見えたから、本部の人間が追い返したんだよ。そのまま引き返すと思ったのに、職質しやがって」

「不審者がいたら職質かけるのは普通でしょう」

 菅野はハーッと深い溜息をついて俺の隣に腰を下ろした。もくもくと纏わりつく煙草の煙に咳込んだ。

「お前が逃げた岩村を追い掛けてったから、すぐ電話したんだ」

「どうりでタイミングが良過ぎると思った」

「あの場で詳しく言わんでも、お前なら察するだろうと思った俺が馬鹿だった。このど阿呆」

 返す言葉もない。

「……あ、じゃあ、島村に任せた奴は?」

「お前が走ってったあと、すぐに本部の人間が抑えたよ。あーあ、せっかく大物を仕留めるチャンスがあったのに、中途半端に捕まえちまいやがって、振り出しに戻ったじゃねぇか、馬鹿野郎。しかもあの辺りは曽川組の本部があったから絶対気付かれてるからな。山本部長もブチ切れてたぜ。せっかく栄転するチャンスだったのにな」

「え? 栄転? 俺が?」

「来年呼ぶっつってたのに、『やっぱ止めた』だってよ」

 今度は俺が大きく溜息を吐いて頭を抱えた。俺が本部に栄転するなんてこの先二度とないような気がした。

「もしかして、ずっとその捜査してたんすか」

「今回はマル暴と兼任だ。誰かさんは『本部は何もしてない』とか無礼極まりねぇことほざいてたけどよ」

「……スミマセン」

「もういい」

 菅野は投げやりに言って、煙草を灰皿に押し付けた。

「生きてて良かったよ」

 最後の最後でそれを言われて口をつぐんだ。素直に「申し訳ありませんでした」と謝れない俺は一体どれだけひねくれているのだろう。さすがに菅野も呆れているかもしれない。冷静になってみてようやく、自分の軽率さを恥じた。


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