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GUILTY番外編1

 久々に定時に仕事を終え、夕飯も摂らずに菅野のマンションへ直行した。あいつの部屋に行くのはおよそ一ヵ月ぶり。顔を見るのも一ヵ月ぶり。つまり、セックスも一ヵ月ぶりということだ。
 仕事の忙しさにかまけて溜まりまくった性欲をどうにかしなければと思いながら、自慰すらまともにできず、こっちから呼びつけてやろうかと思った矢先、

『ヤリてぇから、さっさと来い』

 と、情緒も品もないメッセージが今朝、届いたのだった。

 あらかじめ教えられていた暗証番号を押してロビーの自動ドアをくぐり、菅野の部屋の前まで来た時、インターホンを鳴らす前に勢いよく扉が開かれた。

「おつか……」

 第一声を最後まで言うことも許されずに胸ぐらを掴まれて、乱暴に部屋の中に引き摺り込まれると、そのまま玄関に押し倒されてキスをした。キス、なんて可愛いもんじゃない。噛み付かれた。こっちが大人しくしていたら、たぶんこのまま骨まで食われる。こちらも負けじと舌を絡ませて唇に食い付いた。はあはあと貪欲になる荒い息。菅野のごつい手が俺のスラックスを剥ぎ取ろうとした時、――スマートフォンが鳴った。

『もしもし野田!? 帰ったばっかでスマン! 二丁目で強盗だ』

「……まじっすか」

 さっきまでの興奮はどこへやら、せっかくヤル気になっていた体はすっかりうなだれた。

「しょーがねぇだろ。早く行け」

「本部はいいっスよね、呼び出しなくて」

 ペチン! と額を叩かれる。

「さっさと行け。検挙率上げてこい」

 人並外れた性欲を持っているくせに、自分だってさっきまでケダモノだったくせに、菅野は仕事のことになると冷静になる。見習うべきところだろうが、正直言ってそれでは不満な時だってあるのだ。
 俺は渋々立ち上がり、乱れたスーツを整えながらドアを開けた。

「野田、今度の……」

 菅野の声は聞こえていたが、苛々していたのもあって最後まで聞かずにドアを叩き閉めた。

 ―――

 二丁目で起きた強盗事件は、まだ二十代の男が金欲しさに牛丼屋を襲った、というものだった。被害総額は十万円。たった十万円で人生を台無しにするなんて本当に馬鹿げていると、この手の事件が起こる度に思う。

「うっ、うっ、……本当にお金がなくて生活に困ってたんです、家賃も滞納してて、仕事はなくなるし、実家は貧乏だから頼れないし……」

「わかった、わかった。とりあえず今日はもう遅いから、明日、話を聞こうな」

「今日は帰れないですか……」

「ったりめーだろ!」

「野田さんっ、脅かしたら駄目ですよ!」

 気が立っている俺に、島村が耳打ちする。涙も洟も垂らしながら縮こまっている男を冷たい檻が並んだ留置場へ送ると、男は恨めしげに俺を見つめた。

「な、ここ寒いだろ。怖いだろ。ここが俗に言うブタ箱だ。二度と入りたくなかったら、反省しろ。じゃ、おやすみ」

 ずっと俺のあとを付いて回っていた島村が、おずおずと聞いてきた。

「あのー、野田さん、もしかして機嫌悪いんですか?」

「あ? なんで」

「ほら、それそれ、その目。怖いんですけど」

「だってよ、ついこないだまで置き引きやら空き巣やらの取り締まりでさ、今日やっと定時に帰れたと思ったら呼び出しだぜ。機嫌悪くもなるだろ」

「機嫌直してください。じゃあ、今晩飲みに行きませんか!?」

 能天気にそんなことを言う島村の両頬を思い切りつねってやった。

「おめーが全部ひとりで処理できたら、俺はなんも言うことねぇんだよ!!」

「ひたたたたた! スミマセンごめんなさい!」

 ***

 それから数日経っても菅野から連絡はない。仕事が早く終わったら押しかけてやろうかとも考えたが、俺は俺で忙しかったので叶わなかった。しかも今日は当直だ。シンと静まった刑事課でもくもくと書類作業に没頭する深夜一時。大沢さんがエンターキーをパシンと叩いたあとに大きなあくびをする。

「暇だねぇ~、暇だけど、通報来たら嫌だねぇ~」

「どうせ居なきゃいけないんなら、なんか事件でもあったほうがいいですよ」

「110番はやだな、どんな下らなくても絶対現場行かなきゃいけないもん」

「本部って何やってるんですかね」

「なんにもしてないんじゃない。こないだ本部の三課の奴に会ったけど、暇って言ってたよ」

 それならちょっとは所轄に顔出しやがれ、と、あの不敵な笑みを思い浮かべて舌打ちをした。そんな時に通報が入った。駅前で不良が騒いでいるとのことだ。

「野田っち、島っち、いってらっしゃい。ここに誰かひとりは居なきゃいけないでしょ」

 回転椅子でくるくる回りながら手を振る大沢さんには最初から期待などしていない。

「早く当直終わって欲しいですねー」

「俺も本部行きてぇな」

 サイレンは鳴らさず、パトライトだけ光らせて駅前に着いた。けれども辺りを見渡しても騒いでいる若者なんていない。それどころかホームレスひとりいない。駅前と言っても小さな街の小さな駅なので、深夜になるとガランとするのだ。

「誰もいないですね」

「通報に気付いて逃げたかな。それならそれでいいけど」

 パトカーに戻ろうとした時、暗闇に紛れて男ふたりが物陰に入っていくのを見た。すぐ傍には工場があるが、今の時間は滅多に人が出入りしないはずだ。

「島村、今、男二人があっちに行ったの見た?」

「野田さん、相変わらず目がいいですね」

 見なかったことにしてもいいが、こういう勘はけっこう当たると自負している。パトライトの灯りを消して、こっそり後をつけた。男たちは駐車場にあるワゴン車の影に入った。

「職質かけるか」

 戸惑っている島村をよそに、俺はワゴン車に近寄った。車と車のあいだに身を潜めている二人を懐中電灯で照らす。

「すみません」

 突然向けられた灯りの中で、男二人は青ざめた顔でこちらを見た。手には白い粉が入った袋を持っている。

「なんだよ、お前」

「警察のもんだけど、この辺で若者が騒いでるって通報があったんだよね。それってきみらのこと?」

「知らねぇよ」

 作業着を着た、一見、普通の男だが、焦点が合ってないし顔色もすこぶる悪い。強がった態度のまま袋をポケットにしまおうとしている。

「それ、ちょっと見せてくれない?」

「や、やだよ」

「見るだけ。なんにもなかったら、返すからさ」

「に、任意だろ?」

「あきらかにお前らが怪しいからだろ。ちなみに拒否したら公務執行妨害になるぜ」

 近付こうとした時、もうひとりの男がいきなり奇声を上げてナイフを取り出した。男はそのまま叫びながら闇雲にナイフを振り回す。そのうちにひとりが逃亡する。

「思い出した、あいつ覚醒剤で指名手配されてるやつなんだよ! 島村、剣道習ってんだろ! そいつ頼むな!」

「ええええええええ」

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