archive: 2022年07月 1/1
第二部 1-6
*** 仕事を紹介してくれた大智や室長の山木さんに迷惑をかけてはいけないという気負いから必死で勉強をした甲斐があって、研修は想像より順調に進んだ。教室で子どもに教えるだけなら正直そんなに難しくないだろう。けれどもメンターの桜井さんは、「ずっとこの教室で仕事を続けるとは限らないだろ。いつか自分で独立したいとか、どこかの会社でプログラマとして仕事をしたいと思う日が来るかもしれないから、その時のため今...
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第二部 1-5
親父の手術は無事に終わり、経過も良好とのことだった。腫瘍そのものは摘出できたが、術後も何かと検査やリハビリがあるので退院までは気を抜けない。もう暫く窮屈な入院生活は続く。とはいえ、とりあえずは一段落したと家族みんなが安堵した。「昇はいつから研修が始まるんだ?」 大智の紹介で仕事が見つかりそうだというのは、手術前に話してある。親父が口にしなくても俺のことを心配しているのはずっと分かっていた。だから...
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第二部 1-4
*** 理沙が帰省していた二週間、三人で集まったのは一度だけ。大智が家に来るまで理沙にはわざとなんの報告もしなかったので、昔のように「久しぶり」と笑顔で現れた大智に理沙はただただ驚いていた。なんで何も話してくれなかったのかと俺に怒りながら、無邪気に三人でまた再会できたことを泣いて喜び、俺と大智はそんな忙しい理沙を笑った。「綺麗になったな」と言われて、「わたし、もともと美人だし?」 なんて分かりや...
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第二部 1-3
唐突な再会に頭が追いつかなくて、上手く逃げることも明るく声を掛けることも出来なかった。大智も同じなのか、向かい合ったまま静かに動揺する。そうこうしているうちにドーナツ屋の窓にはロールカーテンが下げられた。「……買いに来たんじゃないのか」 おもむろに言われて反応が遅れた。「え、あ……でも閉まったみたいだし……。か、帰るわ」 背を向けた瞬間、手首を掴まれた。「話したいんだけど!」「な、なにを」「ずっとお前...
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第二部 1-2
一時間ほど病室で談話したあと、また来るからと約束して帰路に着いた。帰りはバスではなく最寄りの駅から電車に乗って街に向かう。理沙はちゃっかり店をリサーチしていて、最近出来た沖縄料理の居酒屋に行きたいと言った。居酒屋で働いていながら自分は居酒屋で食事をしたことはない。メニューや店内の様子を見ては、バイト先の焼き鳥屋と無意識に比べてしまうのだった。「まだ十九だからお酒飲めないのが残念だけど、ここのご飯...
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第二部 1-1
「渡辺、これ十五番に運んできて」「はい」 カウンターにドン、と置かれた焼き鳥の盛り合わせを指定されたテーブルへ運ぶ。焼きたての鶏は甘辛い醤油の香ばしい匂いがして空腹を刺激する。まかないを食べそびれたのでテカテカと脂で光るその美味そうな焼き鳥を貪りたい衝動に駆られた。「お待たせしました、焼き鳥の盛り合わせです」「あれー、盛り合わせなんて頼んだっけ」「そういえば頼んだけど、すっかり忘れてたわ。もうお腹...
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第一部 2-7
大智が近所に越してきたのは、小学校三年の夏休みだった。学校の友達と公園で遊んでいるところに、大智が母親とやってきたのだ。大智はおろしたてみたいなポロシャツと濃紺のデニムを着ていて、その隣にいた大智のお母さんも真っ白のワンピースに真っ白の日傘を差していた。Tシャツと短パンで泥だらけで遊んでいる俺たちとは不釣り合いなほど綺麗な格好だった。日傘の影から大智のお母さんの赤い唇が動いた。「最近、近くに引っ...
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第一部 2-6
*** 翌々朝は大智が来る頃を見計らって家を出た。理沙が「あいだに入って取り持ってあげる」と張り切っていたが、時間になっても大智は現れず、おかしいと思い始めた頃に理沙にメッセージが入った。「大ちゃん、これから朝は図書室に行くから当分一緒に行けないって」 勿論、俺には何も言ってこない。図書室に行くなんてわざとらしいにも程がある。避けたいのはこっちなのに、なんでお前が俺を避けるんだとまたムカついた。...
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