archive: 2021年11月 1/1
山城 天 4
『今日、美紀さんに会いました。』 トーク履歴から恵一さんのアカウントを探して、それだけのメッセージを送っておいた。意味なんてない。よろしく伝えてねと言われたから、元気そうだったという報告のつもりで送っただけだ。既読にはなったが返信はなく、もしかして余計なお世話だったかなと気付いたところでもう遅い。恵一さんが返信の代わりに店に来たのは、その日の夜のことだった。「もう閉店なんですけど」「美紀と会ったん...
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山城 天 3
*** 花屋の朝は早い。七時から始まるセリに間に合うように市場に行って花を仕入れたあと、そのまま店に戻って開店準備をする。花の手入れをしながら店頭に並べると開店。店での接客、注文先へ花を届けたり、イベントに出ることだってある。 今日はひいきにしてくれているアレンジメント教室に花を届けることになっている。約束の午前十時より少し前に着くように向かった。「ハナシロさん、いつもありがとう。最近足腰が弱く...
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山城 天 2
けれども、恵一さんとの再会は思ったより早く訪れた。 その日は母の日用アレンジメントの事前注文を受けていて、忙しいとまではいかなくても朝から接客に追われていた。昼前になって少し落ち着いたところで、恵一さんが店に現れたのだ。細身のチノパンと白のカットソーに、青のコットンカーディガンをさらっと着ている。スーツ姿しか見たことがないので、思いがけず私服姿を見て一瞬誰か分からなかった。「……いらっしゃいませ」...
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山城 天 1
綺麗な女の人が好きだ。と言っても、見た目の話じゃない。 性格は顔に出るとは言うけれど、本当にその通りだと思う。いつも溌剌として自信があって、ちゃんと自分のことを好きでいられる人は顔色も姿勢も良くて綺麗に見える。逆に覇気がなくて自信もなくて自分のことを嫌いだという卑屈な人は、暗くて怖い。 それは子どもの頃からずっと思っていて、「この子はいつも明るくて可愛いな」「どうしてこの子はいつも暗いんだろう」...
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高橋 恵一 6
――― 妻とは離婚という形で話が落ち着き、店をあとにした。このまま妻と連れ立って帰るのも気が引けたので、寄るところがあるからと言って先に帰らせた。夜になると空気がいっそう冷たく、昼間より強くなった風が容赦なく頬を叩く。俺はコートを着ているが、山城は薄手のブルゾンしか羽織っておらず、両手をポケットに入れて寒そうに肩をすくめていた。妻の姿が遠のき、二人だけが取り残されると山城は相変わらず小癪な態度で俺...
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高橋 恵一 5
「……嫌な思いさせてごめんね……。下心があって天ちゃんの花屋さんに通ってたわけじゃないの。アレンジメント教室に天ちゃんが持って来てくれた花がすごく綺麗で、花を買いたくて行ってたの。通ううちにたくさん話をするようになって、親しくなって、それで」「好きになったのか?」 妻は俯くだけで返事をしない。だが返事をしないということは肯定したということだ。山城は真顔のまま表情を変えない。「聞いたところによると、きみ...
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高橋 恵一 4
家に帰ると妻はもう戻っていて、眉間に皺を寄せた険しい表情で帰って来た俺に戸惑っていた。「お、遅かったのね。夕飯食べたの?」「いらない」 今までしたことのないような冷たい返事に、更に驚いたようだった。困惑する妻を通り過ぎてリビングに入り、ソファに鞄を投げた。「仕事で何かあったの? 今お風呂のお湯入れてるから……」 いつもなら有難く思う妻の優しさにイライラする。どんなに気を遣ってくれても、全部がただの...
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