archive: 2019年09月 1/1
紫陽花の秘めごと
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紫陽花の秘めごと 5

*** 翌日は久しぶりに明るい朝だった。真っ白に輝く障子を開けると、何日ぶりかに見る青空が広がっていた。明け方までは雨が降っていたのだろうか。庭の草木は濡れていて、軒下からポタポタと雫が落ちた。紫陽花の前に雨京さんが立っている。布団を片付けて外に出ようとしたところ、枕元に洗濯された服が置かれているのに気付いた。僕が寝ているあいだに洗ってくれたのだろう。僕は浅ましい願望を抱いていたというのに、雨京...
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紫陽花の秘めごと 4

雨京さんの家は、外観は洋風なのに和モダンな内装だった。橙色の行灯が灯る廊下を進み、和室へ通される。何もない部屋だからこそ、床の間に飾られた紫陽花が洒落ていた。 タオルと着替えと温かいお茶を出してくれる。雨京さんの甚平だ。どう考えてもサイズが合わなさそうなので、これは寝る直前に着ることにする。「何かあったら呼んで下さい。わたしは隣の部屋にいますので」「え?」「気が立っている時に他人と一緒にいるのは...
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紫陽花の秘めごと 3

*** 雨京さんにもらった紫陽花を枯らすのが勿体なくて、装飾花を何枚か取って押し花にすることにした。押し花なんて古風な少女趣味だなと思われるかもしれないけれど、雨京さんは読書が趣味らしいので、栞にしてあげたら喜んでくれるだろう。いつも貰ってばかりなので、僕からのささやかなお返しだ。 栞作りに没頭していたせいで、亮也が仕事から帰ってきたことに気付かなかった。「オイ」ときつめに言われてハッとした。亮...
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紫陽花の秘めごと 2

***『飲み会行くからメシいらん』 亮也からそんなメッセージが入ったのは仕事が終わって直後のこと。帰りにスーパーで食材を買って帰るつもりだったけれど、自分一人のために料理をする気になれないので、今夜は総菜で済ますことにする。 会社を出ると雨は降っていなかったが、鈍色の雲が垂れこめていた。のんびり歩いていたら降られてしまうかもしれない。僕はスーパーに寄るのをやめて家路を急いだ。 アパートの近くまで...
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紫陽花の秘めごと1

雨は嫌いだ。 じめじめと空気が湿って洗濯物は干せないし、肌はベタベタするし、どことなく体も怠くなる。僕の住む地域では毎年入梅をしても空梅雨のことが多いのに、今年はしとしとと地雨が続いている。恵の雨とは言うけれど、一週間も薄暗い天気が続いたら誰だって気分が沈むだろう。「陽向(ひなた)、ビール買ってこいよ」 亮也があからさまに不機嫌な様子で命令した。日曜の昼間から酒を飲むつもりらしい。「今から洗濯し...
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