archive: 2019年06月 1/3
Ⅵ—2

司の思いが通じたのか、たまたま祐太から神戸に遊びに来たいと電話があった。司は五月の連休に、とさっそく声をかけた。祐太も就職先が決まったらしく、卒業までは遊びまくるのだと浮かれていた。 東京から神戸まで新幹線で来た祐太を、駅まで迎えに行く。列車から降りた祐太は、小さめのボストンバッグを片手に、エスカレーターを駆け上がってきた司に向かって手を振った。祐太がどこにいるのか、暫く分からなかった。というの...
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Ⅵ—1

日が暮れて街灯に灯りが付き始めた頃、美央に家の近くの公園に来るよう言われた。松岡から美央と松岡のことを聞いたばかりだったので、今度こそ愛想を尽かせて別れるつもりなのだろうと思った。 公園は以前、美央と桜を見た並木道の奥にあり、ただでさえ静かな場所なのに日没を過ぎると更にひと気がなく、淋しい。公園の隅のベンチに座っている美央を見つけた。髪を巻いていないせいなのか、いつもよりストレートになった髪を下...
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Ⅴ—5

「不思議だな。君とはそんなに親しくないのに、なんでもしゃべってしまう」「……」「君は?」「えっ?」「笠原とはいつから付き合ってるの?」「高校……三年から。わたしは中学の司を知らないけど、高校の司は全部知ってる。これからも今までも、司のこと誰よりも好きなのはわたしだっていう自信はあるわ」「そういうのは宣言するものじゃない。だって、誰にも負けないぐらい好きなのが前提なんだから」 美央は口をつぐんだ。松岡は...
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Ⅴ—4

___ 『千歳へ 変わりはないか。元気でやっているのか。三ヶ月前に忙しくなったと電話をもらってから、何も音沙汰ないので、母さんが心配している。ここ最近、家に帰って来ないが、何かあったのか。千明の命日も過ぎた。お前だけ墓参りに何年も行っていないだろう。たまには行ってやれ。千明も喜ぶ。伯母さんから空豆とえんどうを沢山いただいた。母さんが炊いたのを冷凍して送る。仕事...
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Ⅴ—3

薄暗くなった頃に授業を終えて、帰宅の途に着いた。陽が沈んでも名残で西の空はまだ赤い。それも次第に薄くなり、家に着く頃には完全に燃え尽きた。「笠原」 仕事帰りの松岡がアパートの前で待っていた。「どうしたんですか」「仕事が早く終わって、少し寄った」 家に上げようと思ったが、美央が来ることを思い出して、無駄足になったことを詫びた。「俺が勝手に来ただけだから。俺も顔を見たらすぐ帰ろうと思ってたし」「日曜...
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Ⅴ—2

——「眼が好きなんだ」二人で天井を仰いでいたところに松岡が突然口を開いた。「誰の?」「笠原の。黒目って、真っ黒じゃなくて茶色に近いだろ。笠原は限りなく黒に近くて、白目と黒目が黄金比なんだよ。だから吸い込まれそうになる」「先輩は限りなく茶色に近いですよね」「だから尚更。それに時々、蔑むような目つきをする」「それは褒めてないですよね」「捉え方は人によるかな。でも俺はそういう眼が好きだ」 かき分けるよう...
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Ⅴ—1

「君のような人間は、どこに行っても続かないんだよ!」 いきなりホットコーヒーをかけられた。かなりの熱湯だったのだが、幸い顔にはかからなかった。それよりも、おろしたてのスーツと白ワイシャツが台無しだ。 かねてから司が行きたいと思っていた会社の採用試験を受けたところ、内定通知が送られてきたので、すぐにそれに応えた。なので、その前に内定をもらっていた地元の企業に内定取り消しを願い出たところ、会社に来るよ...
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Ⅳ-7

「一度振った女の子のことを好きになる」と聞いたことはあるけれど、何かが劇的に変わることもなく、自分の気持ちもはっきりしないまま季節だけが流れた。美央も今まで通りに接してくるので、告白したことを忘れるなと言っておきながら、自分が忘れているのではと心配になるほどだった。 三年に上がってもクラスは同じだったけれど、環境が変わったせいか話す機会が減った。新しい友人と談笑する姿を横目に見ては、美央と距離がで...
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Ⅳ-6

テニス部の校内トーナメント戦で順調に勝ち進んだ宮本は、無事にメンバーに選ばれた。だが、司が自分との約束をちゃんと守ってくれたのだなと安堵したのも束の間だった。 試合に出ている宮本の応援に行こうとしたら同級生に止められた。理由は「卑怯な人の応援はしたくないから」というものだった。校内トーナメント戦で宮本と試合が当たったほとんどの後輩が、八百長を強いられたらしかった。「お前にしか頼めないってすげー懇...
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Ⅳ-5

*** 美央と付き合いだしたのは高校三年の夏前だった。 当時、美央は学年でも美人の部類に入っていて、女子からも男子からも支持する声は聞こえていた。見かける度に「綺麗な子だな」と思っていたが、司が一方的に知っていただけだ。二年になって同じクラスになったが、そこでも暫く挨拶すら交わしたことがなかった。 高校に入ってバスケを辞め、友人に誘われて軽い気持ちでテニス部に入った。やれば意外に楽しいもので、そ...
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