fc2ブログ

B-R-eath

ARCHIVE PAGE

archive: 2019年03月  1/4

11

 ***「またそこのフィナンシェなの?」 ダイニングテーブルに置いてある僕が買って来たフィナンシェを見て、かなえは顔をしかめた。「一緒に食べない? ふるーら、もう店閉めるんだって」「ふーん」 店を閉める、と聞いて気が向いたのか、かなえは椅子に腰かけるとプレーンのフィナンシェに手を伸ばした。僕は向かいに座って、カカオのフィナンシェの封を切る。ひと口食べるとしっとりした生地から濃厚なカカオの味がした。...

  •  0
  •  closed

10

――息子がいたら、こんな感じだったのかなぁ。―— ……川原くん、温かったな。困ってたけど、それがまた可愛かった。 きみは二年も家族に会わなくて寂しくないのか? 僕が川原くんに頼ったように、川原くんも僕を頼ってくれたら、甘やかしてあげるのに。 そうだな。ころころパイを食べて、頭も撫でてあげようか。十九の男の子は頭を撫でられるなんて嫌なんだろうか。『撫でるのは頭だけですか?』 えっ。『肌にはけっこう自信あり...

  •  0
  •  closed

 ――― かなえとさくらは日曜の夜遅くに帰ってきた。リビングのソファで新聞を読んでいたら、大荷物を抱えてリビングに入ってきたかなえが「起きてたのね」と、さもどうでもよさげに言った。「おかえり、実家で休めた?」「そこそこね。……さくらー、洗濯物出しといてちょうだいよ」 遠くのほうで「うん」と聞こえた。さくらは早々に自室に入ったようだ。帰ったならまず挨拶くらいしろ、とは思うけれど、ここはぐっと堪えて、進路...

  •  0
  •  closed

 せっかくなので久しぶりに駅前のコーヒーショップのコーヒーを買うことにする。持参したお菓子を店で食べるのは気が引けるので、テイクアウトにして駅前広場の噴水でコーヒーところころパイをいただく。いつも仕事中に飲んでいたものを休日に飲むと変な感じだ。行き交う人々も、人口は違うし層も違う。どちらかと言えばサラリーマンの多い平日と違って、休日はあきらかに家族連れが多い。社会で戦う戦士たちも、休みの日は慎まし...

  •  0
  •  closed

「今週末もちょっと九州に帰るから」 ベッドに入ったところで、かなえが化粧水を塗りながら言った。三面鏡越しに目が合ったが、すぐに逸らされた。「何かあるのか?」「ちょっとね。……父の脚の具合が悪いみたいで」「正月に会った時は元気そうだったじゃないか」「あなたには気丈に振る舞ってるだけよ」 ヘアクリップを解いたかなえは「さてと」と、隣のシングルベッドに入る。話はそれで終わったようだ。僕はこの勢いでさくらの...

  •  0
  •  closed

 *** 家族三人で食事をしている時だった。ピロン、とスマートフォンの通知音に、それまで茶碗ばかり見ていた僕はハッと顔を上げた。だが、通知が来たのはさくらのスマートフォンらしく、さくらは口を動かしながらテーブルの上のスマートフォンを手に取った。「さくら、食事中にスマホ見るのはやめなさい」 かなえの注意に上辺だけの返事をしながら、まだ触っている。今度はポケットの中の僕のスマートフォンが鳴った。さくら...

  •  0
  •  closed

 *** 週末にかなえとさくらが九州のかなえの実家に行くというので、金曜日の夜から日曜日の夜までの留守を頼まれた。なぜ急に九州に帰省することにしたのかは知らない。この正月に訪ねた時はお義父さんもお義母さんも元気そうだった。悪いことではないはずなので、僕も深くは聞かなかった。 思いがけずひとりの時間を得て、僕はさっそく土曜日の昼過ぎに美術館へ行くことにした。さすがに下調べもなく行ったら怪しまれるので...

  •  0
  •  closed

 新しい支店はそれなりに忙しかったが、仕事で苦はなかった。新しい上司は気のいい人だし、優秀な部下が多い。持ってくる稟議書にほとんど不備はなく、必要な書類と、もっと掘り下げるべき項目を伝えると忘れずにきちんと仕事する。当たり前のことかもしれないが、その当たり前のことができない人間も多いので、部下がしっかりしているととても助かるのだ。 問題、というより、悩みはどちらかと言えば家庭だった。僕が支店を変わ...

  •  0
  •  closed

 ―—— 「川原留衣」。それがあの青年の名前らしい。 肩書きはなく、真っ白な名刺の真ん中に名前、右下にパソコンのメールアドレスと、SNSのQRコードが記載されていた。ユーザー登録をすると写真や絵などの投稿をしたり、知り合いとネット上で繋がったり、メッセージの交換をすることができる、というものだ。僕はそのQRコードを読み取ってみたが、ユーザーにしか見られないらしく、記事の投稿を見ることはできない。「川...

  •  0
  •  closed

 気持ち良く奥さんの家をあとにして、時間に余裕もあるので僕は駅前のコーヒーショップへ寄った。まだ十一月も初旬なので日中は暖かい。特に今日は見渡す限り快晴で心地が良いので、テラス席で飲むことにする。ガーデンパラソルの下で道行く人を眺めながら飲むコーヒーは格別に美味い。目の前を横切る人間だけでかなりの数だが、誰一人として服装が被らないのが不思議だといつも思う。十人十色とはよく言ったものだ。 仲の良さそ...

  •  0
  •  closed