archive: 2019年02月 1/5
一線1

右のこめかみを見られたくなくて前髪でなんとか誤魔化そうとしたが、すぐに上司に見破られた。「小野寺、その痣どうしたの」 達也のこめかみには真っ青の斑点が目立っていた。咄嗟に手を当てて隠す。「寝ぼけてたら階段から落ちて……」「ははは! バッカだねぇ! 小野寺っておっちょこちょいなんだな。内勤で良かったな。営業だったらちょっと格好つかないもんな」「ハイ……」「あ、今日五時に常務が来るの。会議室取っといて」...
- 0
- closed
間違い3【R】

*** 完全に陽が沈む前の、少し涼しくなった頃に雅久は仕事を終えた。ビルの隙間に隠れようとしている西日が空を橙に染めながら、金の光線をまき散らしている。雅久はこの光景を見ると「明日も頑張ろう」と前向きな気持ちになれるのだ。腹は減っているが、生憎、家には食料がない。以前、達也にもらったサンドイッチが美味かったことを思い出して、駅に向かった。なんのサンドイッチにしよう、今度達也に会ったらすっかりリピ...
- 0
- closed
間違い2

*** 毎年夏になると、達也は圭介の実家を訪ねることになっている。圭介やその家族に強要されているわけではなく、毎年レモンをくれる圭介の祖母に挨拶したいからと、達也が言い出したことだった。圭介は帰省を嫌がるので、それも達也が率先して日にちを決め、無理やり引っ張っている。今年も七月下旬に顔を見せると事前に連絡してあるので、達也は例年通り、無難な菓子折りを用意して圭介と連れ立って新幹線に乗った。澄み渡...
- 0
- closed
間違い1

『こんにちは、じゃない、おはようございます、堤です。さっそく電話してしまってすみません。あの……昨日はいきなり失礼しました。えー……と、どうか忘れて下さい。本当、ごめんなさい。それだけです。……じゃあ、また木曜日に』 留守番電話に雅久からそうメッセージがあったのは翌朝のことだった。わざわざ掛け直すのもおかしいので、そのままにしている。メッセージはなんとなく消せないままだ。忘れてくれと言われても、正直気に...
- 0
- closed
違和感4

達也が向かったほうへ急ぐ。数十メートル先に達也の背中を見つけ、肩を掴んで振り向かせた。「よかった、追いついた」「堤先生、どうして」「店で……あ、マロニエで……飲んでたら、……あーアイスレモネード飲んだんですけど、あんま美味しくなかったですね」「はあ……」「じゃなくて、店の中から小野寺さんが歩いてるの見かけたんで、追い掛けてきたんです」「何か用事でも?」 きょとんと冷静に聞かれては答えづらい。雅久が達也を追...
- 0
- closed
違和感3

***「なんだよ堤くん、元気ないなぁ。いつもの覇気はどこにいったんだよ」 デスクでボーッと座っている雅久の背中を叩いたのは宮崎だ。能天気に鼻歌を歌いながら隣の席につく。はーっと盛大な溜息をつくと宮崎が顔をしかめる。「もー朝から陰鬱な空気醸しださないでよー」「宮崎さん、相談が……」「なに?」『男で抜いたことありますか?』「聞けない……」「なによぉ、気になるじゃん」「……あ、白石さん、リハビリ来てます? ...
- 0
- closed
違和感2

***「頑張れ、小野寺さん。ペース落ちてますよ」「だってこれ……っ、はや……」「小野寺さんだと心拍数115で運動するのがベストです。まだ届いてないですよ。あと五分あります」「はあっ、はあっ、……ちょ、もうスミマセン……!」 時間一杯走り切る前に、断念してしまった。一瞬でも諦めるとあっさりランニングマシンから落とされる。「ストレッチしましょうか」 あぐらをかいた達也の背後に雅久が回り、両腕を伸ばされたり、覆...
- 0
- closed
違和感1【R】

クラブに通い出して一ヵ月、毎週の指導に加えて毎日家でやるようにと言われて続けたストレッチの効果を、達也は日に日に実感していた。前屈をしても床に届かなかった手も、毎日続けると楽々届くようになる。肩や首の痛みを覚えることもなくなり、歩く姿勢が良くなったと言われることもあった。特に変化を感じるのは朝だ。ストレッチをするようになってからほぼ毎朝、起きると下半身がきつくなっている。達也の体の調子が良くなっ...
- 0
- closed
羨望2

*** 仕事が多忙を極めた四月半ばは残業と休日出勤に追われ、圭介のリハビリに付き添えなかった。圭介を自分に合わせるのも悪く、可能ならばひとりでクラブへ行くように釘を刺しておいたが、空返事ばかりの圭介がそれを聞き入れたかどうかは不明だ。達也がクラブへ通うことについては、体の不調を改善したいからと遠慮気味に窺うと、すんなり構わないと言ってくれた。その代わりにトレーニングが終わったらすぐに帰ることと、...
- 0
- closed
羨望1

定時を過ぎても仕事が片付かず、合間を縫って「今日は遅くなる」と圭介にメッセージを入れておいた。「小野寺、悪いんだけど、俺の仕事ちょっと手伝ってくれないか」 これから上司を手伝ったら、家に帰るのは日付が変わる頃だろう。達也は仕事に打ち込みながらも、圭介が不自由していないかが心配だった。 ――は? 変更? ―— 雅久と話をした夜、トレーナーを変えてもらおうとさっそく圭介に持ち掛けたら、どういうわけか冷た...
- 0
- closed