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category: ★糸しと糸しと云ふ心  1/1

糸し糸しと云ふ心

昭和16年、戦時中の儚い恋。■一■二■三■四イラストは、NUHKA様(@nhk1213)に描いていただきました。...

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 陽が傾き、西の空が茜色に燃える。橙の夕日が差し込み、義市の横顔を彩った。丸いと言われた目も、薄くなって垂れた瞼に隠れてしまい、思うような視野は持てない。薄い唇は、もう色が失われた。こんな老いぼれた姿でも、祐太は見ていてくれるのだろうか。 色褪せた日記は、そこだけ時間が止まっている。義市はそれを胸に抱いて目を閉じた。辛くて悲しい青春。それでもあの夜の記憶と想いだけは色褪せない。「……祐太、もう見てい...

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 祐太が予科練に行ってからは一切、音沙汰がなかった。手紙を出してみても届いたのか届いていないのか分からない。祐太の家族に聞いても便はなく、無事を祈るばかりだと言っていた。訃報がないのが唯一の希望だ。便りがなくてもいいから少しでも長く生きていて欲しい。あわよくば無事に帰って来て欲しかった。 およそ二年ぶりに祐太が地元に帰って来たのは、義市の願いを束の間叶えてくれたのかもしれなかった。 なんの前触れも...

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 ―――  昭和十六年、大東亜戦争が始まっても楽観的な義市は「ああ、始まったんだな」と思う程度で、さほど戦争に関して過敏にならなかった。現に世間が騒いだところで義市の生活にたいした変化はなかった。祐太と変わらずつるんでいられるだけで満足していたのだ。 思春期になると義市は祐太に対して違和感を覚えるようになった。 一緒に川に行った時のことだ。服を脱いで下着一枚だけで水の中に飛び込んだ。成長期であるにも...

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 今年で齢九十を迎える谷口義市(ぎいち)には、もう思い残すことなどなかった。 誰も娶らず、自身の子もいなければ孫もいない。とうの昔に両親を亡くし、三つ離れた妹でさえも二年前に肝臓を患ってこの世を去った。天涯孤独で生きがいもない。とりわけ体に気を遣っているわけでもないのに、歳の割に頑丈なほうだった。とはいえ、日に日に体は重くなる。先はそう長くはなさそうだ。ならばいっそ早く迎えに来て欲しい。 義市は縁...

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